2023年7月に読んだ本

『この国のかたちを見つめ直す/加藤陽子』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー/ブレイディみかこ』『招かれざる客/笹川左保』『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし/加藤圭木ゼミナール』『日本と韓国・朝鮮の歴史/中塚明』『落語と川柳/長井好弘6冊でした。『世界7月号』『前衛7月号』も読んでいます。

 園田学園の図書館も使えるので、神戸の図書館では順番待ちとなる本も借りられました。近松研究所の図書館は、伝統芸能の系の本はとても充実しています。

 ちょっと長くなるので2回に分けて書きます。それでも長いです。

『この国のかたちを見つめ直す/加藤陽子

 加藤さんが毎日新聞で書かいたコラム、2010年からの「時代の風」2020年からの「加藤陽子の近代史の扉」そして書評などをまとめたものです。短くてとても読みやすいものですが、ちょっと物足りない所もありました。

 気になったことを書いていきます。

 まず第1章「国家に問う―今こそ歴史を見直すべき」では学術会議の問題です。

 自公政権の「国が重点分野を決める、選択と集中による科学技術政策が一番」に対し、歴代学術会議会長らは「科学者コミュニティーがいかなる分野を有望だとみなしているのかを国が理解し、そこに予算をつけてほしい」というもので、これは「原理的対決」で、「戦艦大和の愚策と『悲劇』が繰り返されることなぞあってはならない」としめています。

 全くその通りで、加藤さんのように排除された学者は、おそらくこのように毅然としているのだと思いました。

 第2章「震災の教訓―東日本大震災10年を経て」では「原発を『許容していた』私」があります。そして失敗学の創始者の畑村洋一郎さんが事故調査・検証委員会の委員長になったから期待できるという論調です。「責任追及よりも原因究明が優先され」ました。

 ちょっと意外な感じですが、民主党政権時代なのです。

 第3章「『公共性の守護者』としての天皇像―天皇制に何を求めるか」は、ほとんど気にせずに読み飛ばしました。でも「歴史の大きな分水嶺だった元号法制化」を読んで、官庁関係は年号を使うと思い出しました。1世1元制は明治以後だし、だから日本会議が法制化に力を入れたのです。

 第4章「戦争の記憶―歴史は戦争をどうとらえたか」は、戦争の本質をどこに見るのかということでした。

 内村鑑三の言葉を引いて「戦争の死者が戦後社会を縛る」「人の死が戦争の本質だ」といいました。良し悪しであれ、そこに縛られて戦争を考えるのも現実です。

 戦争を物語化、神話化してしまうと批判して、敗戦直後に作成された公文書についていた付箋の一枚が、戦争の実態を明らかにしたといいました。

 付箋は、この文書は「停戦後軍需品の整理をいかに行ったか質問された時の回答用として作製された」そして文末に「本付箋のみは速やかに確実に焼却すべき」とあったそうです。

 官僚の本質が見えます。

 「戦争が起こされた本当の原因と、国家が国民に対して行った説明が異なっていた事実」は記憶にとどめておくべきと言いました。

 第5章「世界の中の日本―外交の歴史をたどる」も面白かったです。

 ソ連の参戦を日本は批判しますが、連合国側は、ソ連に対して「連合国の合意による国際共同行動」と示唆していたと書いています。国際政治は単純ではないのです。こういったことを踏まえて相手の弱みを突くことが外交だと思いました。

 第6章「歴史の本棚」は書評集です。どれも面白そうなので、書名だけは上げておきます。

 「国家と秘密 隠される公文書/久保亨、瀬畑源」「思い付きで世界は進む―「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと/橋本治」「朝鮮王公族―帝国日本の準皇族/新城道彦」「なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか―ピース・コミュニケーションという試み/伊藤剛」「古都の占領―生活史から見る京都1945-1952/西川祐子」「経済学者たちの日米開戦-秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く/牧野邦昭」「告白-あるPKO隊員の死・23年目の真実/旗手啓介」

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー/ブレイディみかこ

 この本は、神戸市の図書館ではなかなか借りれないのですが、園田学園では書架にありました。

 英国在住のみかこさんが、中学生の息子の日常に触れながら、英国の下町の様子、中学校の生活などを書いています。とてもリアルで、英国社会がよくわかります。

 気になったことを書きます。

・公立学校に公のランキングがあることにびっくりします。

・普通の中学校に演劇を取り入れた授業があります。

・移民の子どもと貧困層の子どもがお互いをののしり合う喧嘩をしたときに、みかこさんの考え方、彼女が中学生時代の先生の言葉「人を傷つけるのはどんなことでもよくない」を紹介しました。

・エンパシーは「他人の感情や経験などを理解する能力」、シンパシーは「感情や行為の理解」ということ。

・FGM(女性割礼)を夏休み前に授業で教える意味は、移民が母国に帰って手術をするケースがあるからです。

『招かれざる客/笹川左保』

 1960年に書かれた笹沢左保の初長編です。ものすごく大胆なアリバイ崩しの推理小説で、ちょっと硬い感じの文章でした。彼が、郵便局に勤め、しかも労働組合の役員も務めたと書かれてありますが、この本は、そういう経験から書かれたものか、と思いました。

 話の発端は、国家公務員の労組の内部資料が当局に漏れて、それを理由に労組の幹部が懲戒処分されたことです。

 その秘密漏洩を実行した書記局の女がいて、そそのかした恋人である男が殺されます。

 この男に恨みを持った関係者が調べられますが、その最中に一番怪しいと見られていた労組幹部(殺された男の親友で、女を書記局に紹介し、一番裏切られた思いがあった)が事故死しました。

 他に犯人の手掛かりがないことから、被疑者死亡で警察は捜査を終わろうとしますが、一人の刑事が、殺された男の恋人に疑いを持ちます。しかし彼女には鉄壁のアリバイがありました。

 それを崩していくのが、この小説の中心で、同時に彼女の動機も明らかにされていきます。それがこの小説のタイトルでした。

 ほとんど社会的な背景のない推理小説で、登場する人物の心の動きについてもちょっと昔風の人物設定ですから、期待したほどではありませんでした。 

西神ニュータウン9条の会HP4月号

 今月は西神ニュータウン9条の会の講演会があります。毎年1回、いつもこの時期に著名人を招いています。昨年は平田オリザさんで、芸術の持つ社会的な役割といった話をしていただきました。

 今年は講談師の神田香織さんです。『はだしのゲンを語り続けて38年、いま思うこと』を4月20日で開催します。是非、ご参加ください。

西神9条の会 (www.ne.jp)
 さて今月も充実したHPになっています。しかし読んでいてふと思ったのは、まじめな話が多いのです。エッセイもそうですが「ジョー句」の川柳、「街角ギャラリー」でも笑えるものが少ないので、肩の力の抜けるようなもの、笑いを誘うものを挟み込む工夫がいると思いました。

 エッセイの感想を書いておきます。

カナリア諸島の九条の碑 山口洋司(狩場台)

 カナリア諸島がどこにあるのかと思えば、アフリカ大陸の方のところにあるスペイン領なのです。

 現在の岸田軍拡は酷いものがあります。九条が裸足で逃げ出します。

 “非核「神戸方式」決議49周年のつどい”参加記   鈴木哲雄(学園都市)

 この「つどい」は私も参加する予定でしたが、一つの用事を終えたら忘れて帰ってしまったのです。おそらく梶本さんの核をめぐる情勢報告があったと思いますが、それも聞きたいのですが、太田さんの話は初めてですから聞きたかったです。

心に染みる言葉(9) 貴志謙介さん   西元善郎(竹の台)

 すごいですね。「戦後ゼロ年東京ブラックホール1945-1946」終戦直後に、軍部や政権の中枢部の悪事を暴く、こんなドキュメンタリー、本が出ていたのです。

 語り継ぎ広めていくべきです。

まりさんのパリ通信(62)バックパック旅行記⑫    パリまり(パリ在住)

 ベルガモは北イタリア、ミラノあたりですね。行ってみたいですね。

NHK文書開 示等請求訴訟(104 名) 東京地裁 2/20 勝訴判決!! 島田 徹(竹の台)

 こんな国の機関に勝つ裁判なんて、普通はないことです。快挙です。でも闘っておられることを私は知りませんでした。

70周年を迎えた神戸演劇鑑賞会   米田哲夫(竹の台)

 戦後の文化運動が若者たちが支えていました。私が参加した70年代末も映画サークルも会員も役員もほとんどが20代でした。

憲法と映画(88)『戦雲』「 二度と戦場にしない」闘いは続く つだわたる(美賀多台)

 アジア太平洋戦争の時に、民間人を巻き込んだ戦場になった南西諸島、そこをまた最前線の基地にしようという大軍拡政策がすすめられています。

遺言書について その2    関 通孝(西神中央法律事務所)

 自筆遺書についての解説です。

西神ニュータウン9条の会HP4月号

 今月は西神ニュータウン9条の会の講演会があります。毎年1回、いつもこの時期に著名人を招いています。昨年は平田オリザさんで、芸術の持つ社会的な役割といった話をしていただきました。

 今年は講談師の神田香織さんです。『はだしのゲンを語り続けて38年、いま思うこと』を4月20日で開催します。是非、ご参加ください。


 さて今月も充実したHPになっています。しかし読んでいてふと思ったのは、まじめな話が多いのです。エッセイもそうですが「ジョー句」の川柳、「街角ギャラリー」でも笑えるものが少ないので、肩の力の抜けるようなもの、笑いを誘うものを挟み込む工夫がいると思いました。

 エッセイの感想を書いておきます。

カナリア諸島の九条の碑 山口洋司(狩場台)

 カナリア諸島がどこにあるのかと思えば、アフリカ大陸の方のところにあるスペイン領なのです。

 現在の岸田軍拡は酷いものがあります。九条が裸足で逃げ出します。

 “非核「神戸方式」決議49周年のつどい”参加記   鈴木哲雄(学園都市)

 この「つどい」は私も参加する予定でしたが、一つの用事を終えたら忘れて帰ってしまったのです。おそらく梶本さんの核をめぐる情勢報告があったと思いますが、それも聞きたいのですが、太田さんの話は初めてですから聞きたかったです。

心に染みる言葉(9) 貴志謙介さん   西元善郎(竹の台)

 すごいですね。「戦後ゼロ年東京ブラックホール1945-1946」終戦直後に、軍部や政権の中枢部の悪事を暴く、こんなドキュメンタリー、本が出ていたのです。

 語り継ぎ広めていくべきです。

まりさんのパリ通信(62)バックパック旅行記⑫    パリまり(パリ在住)

 ベルガモは北イタリア、ミラノあたりですね。行ってみたいですね。

NHK文書開 示等請求訴訟(104 名) 東京地裁 2/20 勝訴判決!! 島田 徹(竹の台)

 こんな国の機関に勝つ裁判なんて、普通はないことです。快挙です。でも闘っておられることを私は知りませんでした。

70周年を迎えた神戸演劇鑑賞会   米田哲夫(竹の台)

 戦後の文化運動が若者たちが支えていました。私が参加した70年代末も映画サークルも会員も役員もほとんどが20代でした。

憲法と映画(88)『戦雲』「 二度と戦場にしない」闘いは続く つだわたる(美賀多台)

 アジア太平洋戦争の時に、民間人を巻き込んだ戦場になった南西諸島、そこをまた最前線の基地にしようという大軍拡政策がすすめられています。

遺言書について その2    関 通孝(西神中央法律事務所)

 自筆遺書についての解説です。

2023年6月に読んだ本その2

『アマゾン文明の研究/実松克義』『雪に撃つ/佐々木譲』『孤独の絆/藤田宜永』と『世界6月号』『前衛6月号』を書きます。

『アマゾン文明の研究/実松克義』

 世界一の大河、アマゾン流域に古代文明があったという本です。先行研究の分析と現地調査に基づいて書かれてありました。まだまだ謎が多く、すっきりと終わりませんが、とても面白い本でした。注)も含めて340頁の大部です。

 文明もそうですが、アマゾン川自体もとてもすごい川だと思いました。日本の川とは根本的に違います。

 最遠の源流はペル-・アンデス6800kmの長さで、流域面積は約700万㎢(米国より広い)です。

 河口にあるマラジョ島は4万㎢と九州より大きい。それも含めて川幅350km、本流の幅は1500km遡った所にある大都市マナウス(人口約200万人)まで平均511km、水深40m、標高は50mで、2万トン級の船が行き来しています。河口から3700kmで標高100mという非常に緩やかです。

 南米諸国も含めて研究があまり進んでいないようですが、巨大な遺構、遺跡がたくさん残っており「未開の地」とは全く違う、人の手がたくさん入っています。高度の土木技術があり自然と共生する文明があったようです。

 支流があるボリビアモホス平原(27㎢、本州ぐらい)を中心に現地調査をしていました。その文明は推定でいうと紀元前2000年からすみはじめ紀元後1300年頃に崩壊したといいます。

 大土木工事で高度な水利システムや農業システムを構築した、大きな社会があり多数の民族が共生していたようです。しかし、その理解はまだ「表層的」と書いています。

『雪に撃つ/佐々木譲

 道警シリーズです。

 読んだ後からわかるのですが、一つの中心的な事件があって、派生的な事件があちらこちらで、時間差をおいて起きる、関連してないように見えて、それが捜査が進むにつれて、どんどん近づいてくる、という書き方です。

 やくざ者に追われている女性外国人労働者、家出した女子高生、車の窃盗事件、カーチェイスと発砲事件が、札幌とその周辺の街でバラバラに、少しずつ時間差をもって発生します。

そしてそれが雪まつりの前の日、札幌の警察が一番忙しい一日です。離れた部署にいるいつものメンバーが活躍します。面白い小説でした。

『孤独の絆/藤田宜永

 探偵・竹花シリーズの連作短編集です。『サンライズ・サンセット』『等身大の恋』『晩節壮快』『命の電話』の4篇です。

 竹花もとうとう還暦になるのですが、ますます魅力的になっています。ハードボイルドですが、嫌味な人間は出てきても凶悪犯は出てこない、小さな事件です。人間の面白さや深みを感じさせる小説です。

サンライズ・サンセット』

 疎遠になっている娘を探してくれという依頼を受けるが、依頼主は父ではなく、娘の別れた夫の父だった。なぜ元義父が息子の別れた妻を捜したかったのか。

『等身大の恋』

 結婚披露宴でつくった等身大の新郎新婦の写真パネルが盗まれた。意外な犯人にたどりつくが、それは、その結婚のカラクリ、恋愛感情の複雑さまで明らかにしました。

『晩節壮快』

 老人ホームであった些細な盗難事件の犯人探しから、脱走した二人の老人を追います。高齢者の男同士の友情や男女の恋愛感情など、こんな風になるのかと感心しました。

『命の電話』

 竹花のもとにいたずら電話がかかってきて、若い男が「死ぬ」と言います。自殺をほのめかすのですが、繰り返し電話がきます。竹花は、些細な電話の音を頼りに、とうとうその男を探し当てます。それは誰であったか。

『世界6月号』

 特集は「現代日本のSNS空間」「もうひとつの資本主義へ」でしたが、2023年の統一地方選挙大阪維新の会の圧倒的な勝利について書いたものを紹介します。

『維新体制「完勝」の現実とその戦略/松本創』『検証・大阪維新の会の財政運営―普遍主義に潜む社会的分断』

 全国的にも大阪維新の会は躍進しますが、とりわけ足元の大阪府知事、市長、府議会、市議会では圧勝という結果でした。反維新勢力の壊滅的敗北というものです。

 この二つの記事はそれを分析しました。私自身は「維新」はええ加減な誤魔化しの政党だと思いますし大嫌いですが、兵庫県、神戸市においても、それが大きな支持を得ているのは事実です。

 それはなぜか。これを読んで、そうかと思ったことを書いておきます。

・彼らは「経済的弱者の味方」「一般人の感覚に近い」という評価を得ています。それは事実と違いますが、多くの有権者にそう思い込ませています。「都構想」「大阪市解体」は否決されていますが、それでも彼らは、それを持ち出して多くの支持があります。

 一方でIRは全く選挙の争点になっていません。

・府も市も「小さな政府」になっていません。「身を切る」と言いますが、事実は違います。教育費は高い水準の維持していますが、その中身が変わっています。教育費の無償化などを進める一方で、支援学校への助成が急減しているのです。

 彼らを支持するアッパーミドルが恩恵を受ける無償化の「所得制限の撤廃」で教育費無償化の普遍化を進めると同時に、本来、手厚い保護を受けるべき弱者を切り捨てる、それは社会的分断を推し進めるものです。

 しかし得をする層と損をする層の厚さは全く違います。票になる層へは手厚い予算配分をする、「維新」が選挙に強い理由の一つだと思いました。 

『前衛6月号』

PFAS有機フッ素化合物)による汚染と血中濃度測定、毒性研究―沖縄、大阪、摂津、東京、多摩での調査に関わって/小泉昭夫』

 小泉さんのこれまでの研究の経緯と、現在のPFAS調査について詳しく話をされています。それは彼の人となりもわかるし、日本の公害研究の課題とかもとても分かりよくなっています。

 小泉さんは、東北大学で学び、秋田大学で教鞭をとり、京都大学の公衆衛生大学院を開設された人です。

 そして、この論文では公害企業名も含めて実名が書かれているのが、さすがだと思いました。

 PFASの汚染源の主なものは米軍基地とダイキン工業です。東京の多摩川、沖縄の嘉手納、普天間の基地周辺、大阪の摂津市ダイキンの工場です。

 日本は2000年代初頭に「問題に気づきながら放置してきた」と国の責任まで明らかに指摘しています。

 

2024とみくじハーフマラソン大会

 2024年3月31日標記のハーフマラソンを走ってきました。大分県国東市です。記録は2時間19分48秒という情けないものですが、現状の力がそのまま出たものです。

 言い訳をすれば、20度を超えてちょっと暑かったということです。でもこれまで比べて最悪というものでもありません。

 「とみくじ」というのは、国東市の富来(とみく)集落を走る路をいう意味でしょう。国東市の黒津崎からの往復をはしりました。豊後半島の海岸沿いの集落の中を走る道は、緩い波打つような勾配が繰り返す、本来であれば走りやすい道です。

 前半の10kmは6分前後を走れましたが、後半は全くダメでした。膝裏から腿にかけての痛みは出たのですが、全体的に力が入らなくて、とぼとぼとしか走れません。

 でもいつものように、残り3㎞で全力を出そうとしますが、ピッチは上がりません。でも誰も追ってこないし、前を走る人もわずかで、痙攣したか何かで歩いている人を8人抜きました。

 60歳以上32/48、全体で205/269でした。ハーフと10㎞あわせて350人程度という小さな大会です。

 今回は神戸から車で行きました。3泊4日でしたが1,3泊目は山口県に泊まり、2泊目だけが国東市で泊ったので大分の観光はあまりできませんでした。そこがちょっと残念です。

 心残りですが今シーズンはここまでです。これで32都道府県の大会に出ました。あと15県は来シーズン以降に頑張ります。

 もう少しトレーニングして体重を落とし、足も直して、今年の秋にはもう少し復調したいと思います。2時間は切れなくてもそこそこの記録が出来るようにしたいですね。

 

2023年6月に読んだ本

『川柳で安倍政権を捌く/八角宗林』『やさしく強い経済学/大門実紀史』『川柳新子座/時実新子』『五十四の瞳/鄭・義信(チョン・ウィシン)』『アマゾン文明の研究/実松克義』『雪に撃つ/佐々木譲』『孤独の絆/藤田宜永7冊と『世界6月号』『前衛6月号』です。よく読んでいます。ですから2回に分けて書きます。

『川柳で安倍政権を捌く/八角宗林』

八角さんは千葉県匝瑳(そうさ)市の九条の会代表を務めておられます。彼の(恐らく)自費出版の川柳の本です。あたりまえですが時事川柳的にです。

 川柳の本は、ちょっとでもいい川柳が書けないかなと思うから読みます。私の好きな川柳を書いておきます。

・追従で国を損なう安保ン丹

・医療費が無駄長生きは非効率

・汚染土の活用という処分場

・災害と食の安保は語らない

『やさしく強い経済学/大門実紀史

 「逆転の成長戦略」という副題がついています。2022520日発行ですから、最新の共産党の経済政策です。なるほどと思いました。

 約160頁の薄い本ですが、新自由主義アベノミクスによって経済的に落ち込みが続く日本を再生させるための考え方と具体的な政策が書いてあります。

 第1章「冷たく弱い経済から、やさしく強い経済へ」で日本の現状、第2章「逆転の成長戦略」は具体的な政策です。

 色々な経済指標は、アベノミクスの「失敗」(というか予定の結果ですが)を示しています。

 端的な事例では、賃金が上がらず、GDPも増えない中で、大企業の内部留保だけが増えています。格差拡大し社会が歪んでいます。

 アベノミクスの「成長から分配へ」は欺瞞であると、マスメディアは言うべきです。それを引き継ぐ「新しい資本主義」も同様で、幻の期待感を与え、その罪をうやむやにしていると批判するべきです。

 大門さんは「分配から成長へ」と明言します。その一つがアベノミクス時代の大企業減税でにため込まれた内部留保に課税するという政策です。これは名案です。短期の時限的な課税で、内部留保を賃上げとグリーン投資に回せば課税されないというもので、その財源で中小企業支援を展開するというものです。コロナで落ち込んだ業界への補助もすればいいと思います。

 そして富裕層への増税、消費税減税で、これは当たり前の政策です。気候変動やジェンダー平等などの経済政策も示されています。

 デジタル化に向けた政策は、中国の超監視社会を「人間の尊厳を奪っている」否定し、EU等の事例に「個人情報保護」を強化したデジタル化は可能と言っています。

『川柳新子座/時実新子』

 アサヒグラフ1989年、時実新子の川柳コーナーをまとめた本です。

 ひと月の大きな題があり、その週毎に、小さな題をだして、川柳を募集しています。 例えば月題「旅」、週題「宿」「駅」「道」という具合です。

 新子さんも句をつくり、10句を選んでいます。

 時実さんは人をえぐるような川柳で、人間の嫌らしい面を見てしまう傾向があると思います。時に鋭くいいのですが、でも、そこまで行くのは難しいし、読み続けるのも辛いものです。

 良かったものを書いておきます。

(時実新子)

・もしかして椿は男かもしれぬ

・一つだけ言葉惜しめばまた逢える

・わたしはいやな女で口紅を引くよ 

『五十四の瞳/鄭・義信(チョン・ウィシン)』

 神戸演劇鑑賞会の例会で、運営サークルを担当したので、事前に脚本を読みました。会報係で、その感想を書きました。それを再掲します。ちょっと長いです。

※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

27人は出てきません

『五十四の瞳』というタイトルは名作『二十四の瞳』をもじったものだというのは知っていました。それで多少はそれに近いことかなと考えましたが、中身は全然違いました。

 『二十四の瞳』はアジア太平洋戦争の戦前戦中戦後で、小豆島の小学生と女先生の心の交流です。

 『五十四の瞳』の時代は戦後でした。姫路の沖合にある家島諸島の一つ、西島にあった朝鮮初級学校の職員室から、そこに暮らす人々の戦後史を描きました。しかも「五十四の瞳」という27人の小学生たちは出てきません。そこの卒業生たち、先生など在日朝鮮人たちに焦点があてられた芝居でした。

 舞台が小豆島に近い家島諸島の西島であり、その島の18年の変化を描いたという点だけが共通することです。 

 戦後史は学校ではほとんど習っていません。ましてやこの芝居の中心になる在日朝鮮人については戦前戦中戦後の彼らの生活実態などは全く知らない、といっていい状態です。

 関東大震災の時に、多くの朝鮮人たちが「自警団」という一般の日本人に殺されたことは知っています。

 大日本帝国の支配の下で、植民地であった朝鮮半島朝鮮人たちも、日本に自発的に、あるいは強制的に連れてこられた来た朝鮮人たちも大変だったと想像します。 

 1948年~68年は、日本が戦後から高度経済成長に向けて動き始めて時期でした。気になる出来事を年表で拾ってみました。それを見ながら芝居についていろいろと考えてみます。

憲法の下で

 48年はGHQの支配の下ではありますが、日本国憲法等が施行されて「戦後民主主義」は始まっていました。国民主権、平和主義、基本的人権地方自治という理想が掲げられました。

 日本人は「臣民」から「国民」という主権者となりました。在日朝鮮人たちは元「臣民」であり「外国人」という取り扱いです。

 家島群島の小さな西島には、憲法の光が届いていません。義務教育の小中学校はなく、解放された在日朝鮮人たちが子どもに、朝鮮語の読み書き、民族教育を受けさせたい、と言って始めた朝鮮初級学校がありました。そこでは日本人も学んでいました。

 それを強制的に閉鎖する通達が出されます。

 朝鮮学校に女先生がやってきました。そして朝鮮学校を卒業した4人の中学生(一人は日本人)も職員室にいました。芝居は、そこから始まりました。

 冷戦が厳しさをます世界情勢の中で、GHQは日本の「解放、民主化」から反動的な政策に転換していきます。その一つが朝鮮学校閉鎖です。

 朝鮮学校閉鎖の指示を出し、政府はそれを通達しました。しかし戦後の憲法は、朝鮮学校の許認可は都道府県の権限としていました。だから朝鮮人達が中心となって起こした阪神教育闘争は、閉鎖撤回を県知事に求めたのです。

 GHQの非常事態宣言があり、警察権力の弾圧もありました。発砲もあったといいますが、戦前の朝鮮人弾圧を想起させます。

 しかし地方自治があることで「学校閉鎖令」は地方ごとにばらばらの対応になりました。

 この芝居の最後にもあるように、日韓基本条約が結ばれた65年に文部省は再び閉鎖の通達を出します。国は民族教育を否定しますが、68年に美濃部東京都知事朝鮮大学校を認可しました。

 民族教育を否定する考え方のおおもとには、愚かな首相が言った「日本は単一民族」という事実を見ない誤った見方が根強くあります。戦後でもアイヌ琉球と言った明らかに違う文化や歴史を持った人々や、植民地支配が生んだ在日朝鮮人を「同化政策」という名のもとで蔑視し排除しています。

 いまでもLGBT法や「改正」入管法などの国会審議を見ると、日本の多数派は多文化共生という考え方ではないと思いました。

新しい社会へ

 芝居では良平、萬石、昌洙、君子の幼馴染に気持ちの通じ合いを感じます。それぞれがお互いを認め合いながら、自分の人生を考え、悩み、夢を持ち幸せを掴もうと奮闘しています。

 それは親の世代とは違う社会を意識しています。

 その中で、萬石が朝鮮戦争に志願兵になっていくのは痛ましい姿です。

 日本が朝鮮を植民地としたことで、連合軍は朝鮮を独立国と認めず、日本の領土として分割統治したのです。それが二つの国となった原因で、そして同じ民族が殺し合う戦争にまでいきました。

 朝鮮人の死者は日本のアジア太平洋戦争の死者を超える約350万人と言われています。

 その一方で日本は「戦争特需」で経済復興を歩み始めました。

 56年に政府は「もはや戦後ではない」と言います。しかし教育の問題だけでなく、61年になっても西島には電気も水道、電話も通っていないようです。憲法25条「健康で文化的な最低限度の生活」からも見捨てられています。

 他の登場人物も時の流れとともに変わっていきます。その中で、わからないことがあります。

 日本人である良平の母は、自分は石屋の親方、元洙と良い仲になっていくのに、良平と朝鮮学校の教師、春花の結婚を最後まで認めません。それは年齢差の問題や単なる朝鮮人差別ではない、深い理由があるように感じました。

 春花自身も良平の求婚を避けようとします。

 彼女が西島に来た時に「生まれ変われんのやろか」といいます。彼女の重い人生が隠れているような感じです。

 そういう一人一人の人生を描きながら、この芝居は、西島に居ながら戦後の変化を見事にとらえました。 

父の33回忌法要

 2024年3月19日、一年遅れの父の33回忌法要を行いました。菩提寺である徳栄寺(姫路市余部区)さんの本堂をお借りして、兄弟3組の夫婦が集まりました。

 



 我が家は浄土真宗本願寺派ですから、今日は大無量寿経正信偈をあげていただきました。久し振りのお経です。

 もともと信心心もないのですが、父と母の葬儀、法要そして親戚の法要などに出てきましたから、なんとなく流れはわかっていました。しかしコロナもあり、また家族葬などで、親戚の葬儀、法要は激減で、最近はほとんどお経を聞くこともありませんでした。

 今回は本当に久しぶりで、しかも法事の施主でした。ちょっと緊張しました。

 その後、墓参りをして、会食で旧網干銀行湊倶楽部に行きました。ここは、網干商店街の橋本町商店街の入り口にある大正時代に建てられた建物を活用したレストランです。

 商店街は見る影もなく廃れていますが、レストランの料理はおいしくいただきました。

 ここは揖保川と大津茂川をつなぐ運河のような網干川の南側で、網干の中心的な場所でした。昔は、家から小学校へ通う通学路で人通りの多いところですが、今はその面影もありません。