『凍える牙』『回転木馬』『乳と卵』『めぐりあいし人びと』『3・11後を生きるきみたちへ』『津波と原発』

 今月は図書館で借りた本のほとんどを読んだ。またサンチカで古本市をしていたので思わず『楓窓私記−花房健次郎評論集』を買ってしまった。
 今日が本を返す日なので、取り急ぎ一言言わないとと思うものを紹介します。順番は必要なものからです。
 乃南アサ凍える牙』は直木賞作品です。女刑事、音道貴子シリーズの1作目で人気が高いミステリです。韓国で映画化(主演がガン・ソンホですから楽しみ)されたものが、この9月公開ということですが、日本でもテレビドラマで2度作られています。

 率直に面白いです。ミステリーとしても伏線をうまく張りながら、展開が意外な方に広がっていくのが良いですし、貴子等の出てくる人間(ちょっとした端役も気配りがあります)の心理描写も読ませます。ネタばれになりますが、貴子が狼犬に心ひかれていくところは、女心を感じました。お薦めです。
 私の一押し柴田よしきの今月の本は『回転木馬』です。これは『観覧車』の続編で、女探偵下澤唯が失踪した夫を探し当てる「著者渾身の感動ミステリー」になっています。
 探偵だった夫がまったく理由もわからず突然失踪し、下澤唯はその探偵事務所を引き継ぎながら、夫を捜し続ける、というのが『観覧車』で連作形式なっていましたが『回転木馬』は、一気に解決に向かいます。
 多少の無理はありますが、10年も待ち続ける女心が切ないですね。謎解きにも面白いのですが、失踪に関わる人々の人生を見せていくのが、柴田よしきの良いところです。
 川上未映子乳と卵』は芥川賞作品で、私の好みとはちょっと違います。「饒舌に語りながら無駄口は叩いていない」(山田詠美)「慎重に言葉を編みこんでゆく才能は見事だった」(小川洋子)「最適な量の大阪弁を交えた饒舌な口語調の文体が巧みで、読むものの頭の中によく響く」(池澤夏樹)というように、言葉使いは巧みです。しかし私は映画と同じように小説もまずストーリです。柴田よしきも乃南アサも、その上に簡潔な言葉使いで心理描写を織り込んでいます。
 豊胸手術を考える母と娘、母の妹の関係は、私にはわからない女心でした。
 堀田善衛めぐりあいし人びと』は彼の『方丈記私記』を探していたのですが、西図書館にはないので、これを読みました。91年から92年にかけて書かれた「自伝的回想」というエッセイです。東西冷戦構造の崩壊という背景があり、その上に、戦後の堀田善衛の足跡を読むと面白さが、一段と感じられます。
 例えば今、A・A・LA連帯会議がありますが、それが出たときは自民党も参加する奇妙な団体だったそうです。そこに関わってアジアやアフリカの作家、政治家とのかかわりが語られます。
 「歴史の重層性」という感覚は、海外旅行などをするときには、それを持ち合わせているのといないのでは、見るものが違うのでしょうね。古代の遺跡だけではなく現在の事件に繋がってきます。この本にはそのことが繰り返し出てきます。
 EC統合(その当時の言葉)についても、彼は「第2のルネッサンス」という感想を持っています。ソビエトの崩壊についても「民族の魔」という言葉を使って、日本のパールハーバー等、民族が発狂する歴史をたどります。
 スペインのフランコキューバカストロを支援してたとか、フラメンコとカルメンはスペインのものではないとか、面白いことがたくさんありました。日本では西行、定家、長明でした。
 佐野眞一津波原発』、たくきみつよし『3・11後を生きるきみたちへ』は現在の日本、これからの歩む方向を考えるために必要です。『3・11後・・』は福島に住み、この事故を経験した著者が原発事故の実相と、そこから見えたことから未来をどう生きるのかを問いかけたものです。『津波原発』は佐野眞一が現地を取材し歴史的に見た3・11です。
 どちらが良い悪いではなく、この2冊を読みながら色々考えました。
 今回の地震津波原発事故は想定外ではなく、それらに対応するべき責任者たちが想定したくなかった災害、事故であったことが明らかになっています。しかも現在においても「あんなことは1000年に一回」という事実無根の流言を鵜呑みにする人が、私の周りにもいます。
 そういう人を愚かしい、もう少し現実を見るべきだといえばそれまでです。しかしそういう、おそらくもう1,2年もすれば多数派をそのように取り込み、3・11を風化させようという人びと、現在の社会の支配層がそうだと思いますが、それに対抗するために、私たちはしっかりと、この現実を見るべきだと思います。
 私は現在の日本の情勢を見るときには、東日本の人びとの姿を基準をおこうと思います。
 それを前提にして、これらを読んで気づいたことを書きます。『3・11後・・』はリアリティをもって、あの日起こったこと、放射能汚染、その後の人々の暮らしが語られます。(福島に原発が多数建設されていった理由や経過は『津波原発』が詳しい)
 そしてその後からはちょっと首を傾げたくなりました。第6章で「エネルギー問題の嘘と真実」で地球温暖化の危機や風力発電太陽光発電を否定します。第7章「3・11後の日本を生きる」で①同時代を生きる人やあらゆる生物に、なるべく迷惑や負担をかけないように生きたい。②しかし、自分の一度しかない人生は精一杯楽しく、幸福に生き抜きたい、と結論つけます。そのバランスが大切であり、マイナス成長を楽しむ価値観の転換が必要だと説きます。
 ほとんど、そのとおりだと思います。しかしこの辺りから一気に現実感が乏しくなるのです。一人ひとりが仮にそう思ったとしても、現実の中では、それが難しいと思うのです。思えばできるものではないと思います。
 著者は勤めたことがないので、気軽に田舎での起業を進めます。それが受け入れられないと嘆きます。
 たくさんの人お思いと現実社会がちがうことは、誰でも指摘できます。それをどうやって繋がるように、多くの人の思いが社会に反映されるようにするという観点、あるいはその変化に立ちはだかる現実の最も中心的な本質に迫る、ということが抜けているように感じました。
 『津波原発』は外から現地を取材し、過去、現在、未来という図式的に多くの人の言動を拾い集めています。石原慎太郎もいれば、オカマバーのママもいます。そして自らが身をおくメディア報道の欺瞞も暴きます。
 原発に関わると当然、正力松太郎とCIA、財界、政界までいきますが、リアルな社会構造を暴いています。当然ですがどう生きるかまではいいません。