『ローマ法王の休日』『この空の花ー長岡花火物語』『それでも愛してる』『眠れぬ夜の仕事図鑑』

8月はけっこう忙しく映画を見るために休みをとることはできませんでした。
それでも気になった映画を見ることが出来てよかったと思います。
私がうつだった頃
気になった映画は『ローマ法王の休日』と『それでも愛してるです』。ともに精神的に落ち込むという映画だから、それがどんな風に描かれているのかを、私は見たいと思ったのです。
でも両方とも私の期待を裏切りました。


ローマ法王の休日』は法王に選出された男が、法王になれないとそのカソリック最重要の制度を拒否するという映画です。これはちょっと意外な結末でした。イタリアの映画作家がここまでバチカンを嘲り笑うのかと思いました。ナンニ・モレッティってすごすぎ。普通の人は、ちょっとえらそうにする人に対して、まったく駄目な奴と思っても「長いものには巻かれろ」式に従うものなア、馬鹿やろなんていえないよ。
 次の法王を選ぶという手順がこの映画のとおりなのかどうかは知りません(参加した枢機卿(法王の次に偉い人)同士で、立候補とかなしで、これはと思う枢機卿の名前を書き、それが2/3を超えた(単なる圧倒的支持の割合か、神聖な意味があるのかわからないが)候補者を法王にする、ように見えた)。でもそれは神の意思を感じさせるような手順、儀式であったように思います。
 ですから、そのようにして選ばれた最高の聖職者がそれを拒否するということは、神が与えた使命を最高の聖職者が拒絶するという意味です。
 なぜ彼はそう決めたのかということは、あまり明確ではありません。選ばれた直後は、あまりにも想定外で自信がない、といえますが、「病気」ということで引きこもっている時や、ローマの中を歩き回り「庶民の生活」を見て回った後で、それでも、その任ではない、と拒否するのは、敬虔なカソリックではないと、批判されると思います。
 しかし彼はそうしました。自分の生き方は自分で選ぶ、神に選んでもらう、神の手に運命をまかすのではない、ということです。
 そしてもう一つ『それでも愛してる』は大企業の創業者2世の社長が、その重圧に耐えかねてうつになったところから映画は始まります。それが拾ったビーバーの人形を手に嵌めて、その口を通じてのみ自由に物が言えるようになった、ということで映画が動いて、彼は奮闘するけれども、それでは打開できず、ついには夫婦の破滅、家庭の破壊になったという話。


メル・ギブソンがその役で、マッチョな彼がそんな役をするから、それは良いのだけれども、話のもって行き方が、違うと思うのです。
彼は会社もそうですが、家族にも過大な期待をかけられて、それがとても重荷になってうつに落ち込んだ、という設定です。だからビーバー人形を通じるとその重圧を気にしないで自由にものが言えるようになります。
しかし能力は変わりませんから、新製品の発売で一時的に大成功と見えても、最後は失敗してしまう、という悲しいお話です。
ビーバー人形が彼の心の中に別人格を作り出して、家庭でも会社でもそれとの軋轢が生じたということです。
この二本を見たいと思ったのは、私がうつだったからで、そのときのことを振り返るつもりだったのですが、結果は「違うなあ」ということです。
私の場合は、(省略)です。
この空の花ー長岡花火物語』は大林宜彦監督の最新作ですが、尾道三部作とはだいぶ作風が代わってきました。長岡市に腰をすえて、現代、[3.11]後の日本までも見て、大林監督の遺言のように感じました。長い映画ですが、たくさんの思いを詰め込んでいて、退屈はしません。でも映画サークルの例会にするには、長いということは問題です。
でも例会にしたい、それほどいい映画です。

余談ですが、この映画に出てくる長岡市の森市長と、私はお会いしています。しかもその時に30年ぶりぐらいに映画サークルの事務局員であった人とも逢ったのです。
長岡市にはそういう思い出があります。そしてこの映画の花火を見て、一度実際に見たいと思いました。
『眠れぬ夜の仕事図鑑』は省略。ちょっと期待はずれ。