2016年の映画

映画サークルは毎年、その年のベスト映画のアンケート、投票を行います。全国映連で集計して、邦画洋画の1本を選びます。さらに監督や俳優も表彰します。
嘘か本当か、表彰したみなさんからは「映画ファンに選んでもらった」という喜びの声を貰います。
「嘘か本当か」と書いたのは、の声は本当だと思いますが、投票する各地の映画サークルの数があまりにも少ないからです。加盟団体は32,33団体と思いますが、アンケートを出す団体も少ないし、その団体自身が集計する会員も少ないからです。
色々な原因はあるかと思いますが、私は映画鑑賞団体として、1年を振り返って映画を評価する意義をあまり深く追究していないからだと思います。
映画ファンとして、見た映画を語り合うことや、感想などを文章をすることは、より映画を理解するために必要な訓練です。同様にベスト映画を選ぶために思い出すことは、映画読解力を高めます。
それを各団体が共有することが大事です。私はそう思います。
以下に、映画サークルに投稿した「2016年を振り返って」を載せます。
※  ※  ※
市民映画劇場① 『明日へ』
韓国は、日本よりも非正規労働者が多い国で、労働運動も大きな力を持っているわけではない。労働争議を通じて平凡な主婦が成長する姿は、団結や仲間を信じる力が世の中を変える、と信じさせてくれる。
② 『イロイロ』
シンガポール、フィリピンというよく知らない国であるにもかかわらず、そこに生きている人々を身近に感じる。平凡な人間の暮らしを描いているが、なにか惹かれるものがある。一人ひとりの行動に普遍的な価値を見るような深い洞察を感じる。
③ 『野火』

野火が何を象徴しているのかを、ずーと考えていた。映画の前半と後半で田村一等兵の気持ちが変わることを考えると「文明」ではないか、と思う。餓死の恐怖、生への執着にとり付かれると「業火であってもそこへ近づきたい」のが人間か。
邦画
① 『何者』
現代の就活の恐ろしさを感じる。働くということは生きていくことと、ほぼ同義語であるぐらい重要だが、それは人間の側であって企業にとってではない。社会に出る若者たちに対する残酷な仕打ちをなくさないと日本の未来は無い。
② 『クワイ河に虹をかけた男』
戦争は恐ろしい。『野火』を見て無条件でそう思う。その地獄の戦場を生き抜いた男、永瀬隆さんの「戦後」を描いた。泰緬鉄道等タイ巡礼135回もすごいし、タイの若者に奨学金基金設立など、彼のすべてを捧げた。唸るしかない。
③ 『太陽の蓋』
政治家を全て実名で出し、実録風に愚かで混乱した民主党、菅政権を描く。描いたことよりも描けなかったことが伝わってくる。原発反対世論が多数でありながら、選出される政治家の多数は再稼動に動き、民進党原発反対といえない現実を考えながら見た。
④ 『永い言い訳
主役である衣笠幸夫の性格が、それを演じる本木雅弘そのものではないか、と思ってしまう。妻の死を悲しむような悲しまないような心、その後の顛末を小説にし、それが賞を得て得意げに喜ぶ。その生き方は題名どおり。
⑤ 『団地』

もう少しスッキリ感がほしかった。団地住まいの岸部一徳藤山直美の夫婦が異星人と接触するなんて四〇年前に読んだSFのようだ。日常生活に隣り合う異空間が広がっている奇妙さは大好きだが、岸部一徳が変人を演じるとキツイ。凡人が良い。
洋画
① 『オマールの壁』
情熱的な若者の恋があり、彼らの前に立ちはだかる高いコンクリートの壁がある。イスラエルは占領地域との境ではなく、パレスチナ人の生活空間を破壊するために壁を作る。彼らの心の中に分断の楔を打ち込む。怒りと悲しみが残る。
② 『みかんの丘』
隣同士は仲が悪い、という通説は万国共通かもしれない。ジョージアにも複雑な歴史があるが、殺し合うまでの関係になるのはなぜか。丹精こめたみかんを収穫したいという願いに共感すれば、誰もがもっと寛容になれると、一人でも多く気づいてほしい。
③ 『ベテラン』
韓国では、一握りの財閥が経済社会を牛耳っている。金と権力をほしいままにする財閥一族が、ささやかな庶民の願いと命を踏み潰す。それに鉄槌をくだすベテラン刑事の活躍を描いた。このカタルシスに韓国人の怒りと変革の願いをみた。
④ 『最愛の子』

生みの親か育ての親か、これは永遠のテーマだろう。親の愛情に焦点が当てられて、中国「一人っ子政策」の歪みがよく描かれている。しかもその根底にある農村や都市に生きる人々、その社会が描き分けられることに感動した。
⑤ 『ニュースの真相』
米国ブッシュ(子)大統領の軍歴をスクープした報道番組には罠が仕掛けられていた。事実に基づく映画だが、世の中は巨大な悪の組織による陰謀が張り巡らされているのかと思ってしまう。ジャーナリズムを蝕むものは何か。その「真相」に迫る。
次『ティエリー・トグルドーの憂鬱』
舞台は現代のフランス社会ではあるが、トグルドー氏と同じ年代の私は、日本の現状にも同様の憂鬱を覚える。言っても詮無いことかもしれないが「今だけ、金だけ、自分だけ」が勝ち組で、それに立ち向かう組はどこにいるのか。わからない。
感想
権威あるキネマ旬報のベストテンに選ばれた邦画洋画、文化映画を合わせた三〇本の内、私が見たのは十一本(邦画『シン・ゴジラ』『永い言い訳』『オーバーフェンス』『怒り』、洋画『ハドソン川の奇跡』『トランボ』『山河ノスタルジア』『スポットライト』『イレブン・ミニッツ』『ルーム』、文化映画『クワイ河に虹をかけた男』)でした。
個々の映画の評価については、評論家諸氏と私がちがうのは当然ですが、映画をたくさん観ている人が評価する映画を観なかったのは残念です。
二〇一六年は初めて百本を越える(映画サークルの新作リストでは邦画二六/一八六、洋画五一/三二六本)映画を観たのですが、まだ見逃した映画が多いということでしょう。
全体的には洋画でいい映画が多いという印象ですが、キネ旬で選出された映画について、私はあまり評価できません。
たとえば洋画一位の『ハドソン川の奇跡』、C・イーストウッドは本当に上手に作ります。ですが、これと同じ史実に基づくもので全くのフィクションでしたがデンゼル・ワシントン主演の『フライト』(監督R・ゼメキス/二〇一二)が人間性の矛盾を描いていて、こちらを評価します。
同様にマス・メディアの内幕を描いた『スポットライト』(同七位)と『ニュースの真相』を比べると、後者は権力との関係、報道の役割をいっそう明らかにしています。個人の人権と社会全体の問題という違いはありますが、『ニュースの真相』が好きです。
邦画は良いのが少ないという印象ですが、もう少し本数を見てみないとそうとも言い切れません。でも「銀幕吟味」に『シン・ゴジラ』を書きましたが、大ヒットし社会的な論議を呼んでいても「深み」を感じさせない映画が多いように思います。
あるいは『怒り』(同一〇位)のように上手な演出で、一見よさそうに見えてもテーマである「人を殺すほどの怒り」に納得できない映画もありました。
邦画一位の『この世界の片隅に』は、周囲の人から「いい映画」と聞いていますから、これから観ます。
市民映画劇場は二〇一六年も多彩で充実していた、と思います。