2020年3月に見た映画

3月の映画
『スキャンダル』エッシャー視覚の魔術師』『1917 命を懸けた伝令』『星屑の町』『Fukusima50』『記憶にございません』『盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲』『マルクス・エンゲルス』『子どもたちをよろしく』9本でした。

『スキャンダル』は米国テレビ界のおぞましいセクハラを告発した事実に基づく映画です。

 FOXテレビ局の上層部、実質的にテレビ局を支配する地位でニュース番組制作の能力も高い男が、女性キャスターたちに対して、長きにわたって支配し性的な辱めを行っています。代償は人気番組への登用です。

f:id:denden_560316:20200405232520j:plain

 上手に「俺に任せておけば悪いようにしない」と彼女たちが受け入れやすいような狡猾な配慮して、併せて的確なニュースキャスターとしての必要な注意事項も教示します。
 それを告発するのは相当の覚悟がいります。彼女たち自身の愚かさも告白しなければならないからです。
 原題は「bombshell」で爆弾、突発的事故、魅力的な女性等の意味です。
エッシャー視覚の魔術師』はオランダの版画家マウリッツ・コルネリス・エッシャーの自伝的ドキュメンタリー。「だまし絵」といわれるが、彼が描いた2次元に3次元の表現を入れることや、単純な模様の左右、上下などの漸進的な変化、幾何学的に計算された見事の絵をかきました。

f:id:denden_560316:20200405232752j:plain

 どれもどこかで見たことのある絵です。とりわけ二つの手と手がお互いの手を描いているのは素晴らしいものです。楽しい映画でした。
『1917 命を懸けた伝令』第1次世界大戦時のイギリス軍、2人の兵士に最前線の部隊に作戦中止を伝える役目を与えます。敵の罠がまっている、伝えなければ壊滅的な被害をうけるというものです。
 危険な戦場を突き抜ける中で一人は死にます。しかし戦争、戦場の悲惨さはあまり伝わってきません。『野火』などアジア太平洋戦争を描いた映画に比べると迫力が違います。
 この映画、カットがないワンシーンの映画です。デジタル処理すればできるらしいです。だからどう、という感じです。
『星屑の町』は人気の演劇の映画化です。ムード歌謡の男性コーラスグループ「山田修とハローナイツ」、売れていないが地方公演、ヘルスセンター周りで食べている、中高年の男たちが主人公の映画です。昭和のにおいぷんぷんです。

f:id:denden_560316:20200405232543j:plain

 出ている男優陣、メインボーカルが太平サブロー、リーダーが小宮孝泰そしてラサール石井、渡辺哲、でんでん、有薗芳記という個性的なメンバーです。
 リーダーの故郷に帰って公演をする時にちょっとしたいざこざがあって、ボーカルを歌手になりたい女の子(のんがやっています)に差し替えて、一躍スターダムにのし上がって売れます。この時歌うのがピンキーとキラーズ恋の季節」です。
 他にも昭和の歌が出てきますから、見てて聞いてて楽しい、という映画でした。
 昔『こまどり姉妹がやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!』を例会でしました。これはドキュメンタリーでしたが、彼女たちの人生と歌をだけで時代が見えてくるという素晴らしい映画でした。『星屑の町』はそこまでいきませんが、少しなつかしさを味わいました。
『Fukusima50』は、見た直後は「ちょっとがっかり」という程度でしたが、時間とともに「これはおかしい」と思うようになりました。原作の門田隆将ですが監督が若松節夫なので少し期待しました。
このブログで3月23日に書いていますので、それを見てください。
この映画を見た菅直人元総理大臣は「よく描いた」と評価し、「最後の最後は、「御加護」があったとしても、吉田(昌郎)所長をはじめとする現場の皆さんががんばってくれたことが、大きかった」といっています。
『記憶にございません』は監督脚本が三谷幸喜ですから期待していなくて、やっぱり私は合わない、ということを確認しました。
支持率3%という非常に人気のない総理大臣、能力も人格も程度が非常に悪いという設定になっています。中井貴一が演じるのですが、どのように悪いのかがあまり出てこない。
演説をしているときに聴衆に石を投げられて記憶喪失になったというのですが、そのシーンが短い。ただ単に言葉使いが悪いようにしか見えない。「こんな人たちには負けない」というセリフを入れたらいいのに、それもしない。
例えば安倍首相のように「ご飯論法」を使うとか、国会でヤジをとばす、嘘で固めた演説をする、漢字を知らない、閣議決定で法解釈を捻じ曲げるなどを映像で出せばよくわかるのに、そうしません。
『新聞記者』のように政権批判は描きません。そこが三谷幸喜です。
『盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲』はインドのブラック・コメディ。極悪非道の悪人や権力を利用した巨悪が出てくるわけでもなく、大金を得るための周到な強奪作戦があるわけでもなく、出てくるのはちょっと小狡い悪人ばかりです。
売れんがために盲目を装っていたピアニストが、ピアノを弾くためによばれていった家で偶然に殺人事件に出くわすことから、ドタバタ劇が始まります。
 盲目と言っていたので見たとも言えず、しかも殺したのが不倫をしていた警察署長だったので、逃げるしかないのですが、敵味方に分かれて逆転逆転のばかばかしい展開です。
普通の町医者が、小遣い稼ぎで臓器売買にかかわろうというところが怖いといえば怖い。
マルクス・エンゲルスは例会です。マルクスエンゲルスが出会って共産党宣言を書くまでを描く自伝的映画です。

f:id:denden_560316:20200405232641j:plain

 マルクスエンゲルスはともにドイツ出身で、マルクスは危険人物とみなされて家族を連れてフランス、ベルギー、イギリスと移り住みます。エンゲルスは父がマンチャスターで工場経営をしていて、その仕事を手伝っています。
 二人は労働者や社会的に弱い人たちが痛めつけられているのが「許せない」という信念を持ち、封建社会、資本主義社会を変えようと真剣に考え活動している、という共通点を持っています。それが社会主義という考え方の基礎です。そしてエンゲルスマルクスの天才を認めて彼を生涯にわたって援助します。その死後に、マルクスの草稿をまとめて資本論の2巻3巻を発行します。
 二人は事実を踏まえて、そこから考えを組み立てていきます。彼らと同様に労働者の味方であっても事実を踏まえない「空想」的な考え方には批判的です。この映画でも傍目で見ると「批判しすぎ」と思うくらいやっつけます。この時代はそうだったのでしょう。
 映画は、彼らの著作や思想の真髄的のことまでは描きません。それを期待した人には不満が残ったと思います。
 だから映画サークルは石川康宏先生の講演をつけました。1時間30分という短い時間でしたが、マルクスエンゲルスの思想をわかりやすく話してもらいました。 
『子どもたちをよろしく』は地方都市を舞台にして、大人も子どもも大変な状況にあるという映画でした。良心的といえばいいのですが、率直に言うとあまり後味のいい映画とは言えません。

f:id:denden_560316:20200405232601j:plain

 企画が寺脇研前川喜平となっていますが、ほとんど寺脇さんの意向で作られた映画だそうです。そうだろうと思います。彼が好むような展開です。
 2組の家庭が焦点です。一つは妻に逃げられてデリバリー・ヘルスの運転手をしている父と中学生の少年です。父は博打依存症で、子供はいじめられています。もう一つはそのデルヘリで働いている娘の家庭、父と母はお互いに連れ子を持っての再婚です。父はほとんどアル中で、母はそんな父に文句も言えない弱い人間です。彼女の弟がいじめっ子の一人という設定になっています。
 子どもたちが大変なのは、大人が大変な状況にあるから、というのはよくわかりますが、出てくる人たちが常識的でない人ばかりというのが、ついていけないのです。
 しかも子供の自死をラストシーンにするのも評価できません。
 こういう映画は刺激的につくるよりも、おとなしめのほうがむしろ迫力を感じます。