『テルアビブ・オン・ファイア』の感想

パレスチナの現代史を考えながら映画を振り返った

 この映画の中心に座るテレビドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」は、なぜ第3次中東戦争を舞台にしたのか、そして映画は何を訴えたのか、考えてみました。

    テレビ局はヨルダン川西岸地区パレスチナの中心都市ラッマラにあり、主人公のサラームはエルサレムに住んでいます。彼は検問所を経てテレビ局に通い、毎日イスラエル軍のチェックを受けています。日常生活を制約する起点が第3次中東戦争です。

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ドラマの大筋は、第3次中東戦争の直前、パレスチナ解放戦線の女性闘士マナルがフランスから来たユダヤ人ラヘルに扮して、イスラエル軍の将軍イェフダに接近して軍事機密を盗み出そうとし、そのために、ラヘルはイェフダを騙して恋愛関係をつくりだしますが、いつの間にか本気なってきて、その行方はどうなるか、です。

視聴者からは、彼女がどこまで本気かよくわからない状況で、女心の揺らめくメロドラマにも見えるようです。マナルには、同志で恋人のマルワンがいますから、不倫の様でもあります。

 だからパレスチナ制作の反イスラエルドラマなのに、ユダヤ女性も「面白いメロドラマ」としてみている、という設定です。

67年から現在まで

 ドラマの時代と現代の関係を簡潔に整理してみると、以下のようになります。

 第3次中東戦争19676月、たった6日間で終わった戦争です。イスラエル空軍がシリア、ヨルダン、エジプト、イラク等を相手に先制攻撃を仕掛け、アラブ側の空軍を徹底的に叩き壊滅させました。

そしてエジプトからシナイ半島ガザ地区、ヨルダンから東エルサレムヨルダン川西岸地区、シリアからゴラン高原を奪い取りました。

第4次中東戦争197310月)後にシナイ半島はエジプトに返還しましたが、その他は現在に至るまで50年を超えてイスラエルが軍事占領しています。これは国際法違反で、国連は非難決議、撤退勧告を行いますが、イスラエルはそれに全く応じません。

国連、国際社会は、例えば繰り返しの非難決議、経済封鎖などといったイスラエルに有効的な懲罰を与えていません。逆に日本のように、先進資本主義国はこの国を有望な投資先と見ています。これは米国が大きな力でイスラエルを庇護しているからです。

50年以上にわたる長期の軍事占領のもとで、1948年のナクバ(大破局)で生まれた70万人の難民は、その子孫も含めて500万人に膨れ上がり、人権もない社会生活、住環境の悪化で、パレスチナ人は疲弊しています。しかも難民キャンプは、イスラエル軍だけではなく、アラブ諸国の排他的民族派からも襲われてきました。

オスロ合意(1970年)で、イスラエルパレスチナの2国共存、ヨルダン川西岸とガザをパレスチナ領と認め軍事占領の撤退が謳われますが、それはすぐに反故にされました。現実はイスラエルの軍事占領が続き、入植地を広げ、分離壁と検問でパレスチナ人の日常生活、社会経済活動そして人権が、武力によって大きく制約され、抑えつけられています。

パレスチナの中心都市ラッマラであっても映画のようにイスラエル兵が銃をもってうろつき、必要であれば市民を拉致します。

狭いガザ地区は巨大な監獄として、人や物の出入りを規制されています。食料、物資、エネルギーなどが著しく不足し、市民は悲惨な生活に陥っています。

さらに現在ではパレスチナを支援してきたアラブの中近東諸国がイスラエルと国交を樹立する等の「アラブの大義」の団結にひび割れが生じています。

このような現在の厳しい情勢の起点が第3次中東戦争です。

ドラマの行方と映画の展開から

検問所の所長アッシから提案されるアイデアを活用して、サラームは脚本家の椅子に座ります。

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サラームの脚本に対して、前の脚本家は「ホロコーストは、イスラエル寄りの言葉だ」と批判しますが、プロデューサー等からは、リアルなイスラエル将軍像であり、ドラマに緊迫感を持たせた、と評価されたのです。

ドラマの結末を「イェフダとラヘルを結婚させろ」と迫るアッシに対し、サラームは「それは非現実的だ」として別のストーリーを考えました。

イスラエルの将軍とパレスチナ解放戦線の闘士の結婚=両国の和解と見て、視聴者やスポンサーの支持を得ないと考えたと思います。

二人の結婚は非現実的だが、イェフダをイスラエルの裏切り者にして二人は結び付けることができました。アッシに対してはテレビに出演させる奇手で納得させました。

ドラマはシーズン2へと続き「戦いは続く」と新たな物語に繋げ、パレスチナ解放戦線のあきらめることのない戦う姿勢をみせました。

映画ではアッシをイスラエル軍の将校からパレスチナの俳優に転身させます。これは二人の結婚以上に非現実的です。

映画のテーマはドラマの行方と、もう一つはサラームの成長、変化です。頼りなかったサラームは、パレスチナに留まって恋人になってくれたマリアンと一緒に暮らすと決めます。

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ドラマと同様に「戦いは続く」という終わり方です。現実の厳しさ悔しさを味わっているパレスチナの人々とともに立つことを明確にしました。

そしてドラマでも映画でも、パレスチナ人が受け入れるユダヤ人は、イスラエルの軍事支配と領土拡大を続ける祖国と手を切った人間と主張しています。

1948年ナクバではなく、第3中東戦争に拘るのは、そこをパレスチナ原点に考えたからではないかと思いました。

担当して

今回『テルアビブ・オン・ファイア』を担当して改めて気づかされるのは、日本のマスメディアがパレスチナの現状をほとんど報道していないことです。

パレスチナ1988年に独立宣言をしましたが、現在も日本は国家として承認していません。自治政府という呼び方です。国土としてガザ地区ヨルダン川西岸地区を図示しますが、50年以上イスラエルが軍事占領し、検問や分離壁等、基本的人権も保障されない弾圧の実態は報道しません。

今回の上映がそれらをわかりやすく描いたとは言えませんが、岡真理先生の学習会を含めて、大きな成果であると思います。