『はちどり』『キーパー ある兵士の奇跡』『ヒトラーに奪われたうさぎ』3本の感想を書きます。
『はちどり』
映画サークルの5月例会。韓国でもそれほどヒットしたわけではありませんが、世界の映画祭の多くで幅広く、高い評価をされた映画でした。普遍的要素を持っているのでしょう。
中学2年生の平凡な女の子ウニを主人公にした、1994年という限定された年の彼女の平凡な生活を丁寧に描いた映画です。しかもリアルに描くというよりも、大人になった彼女があの年を振り返ったような、彼女の思い込みや心象風景的なシーンを入れた描き方でした。
ファースト・シーンは、ウニが自分の家の鉄のドアを叩くところです。買い物に行った彼女を、母親が何か意図をもって締め出したように「お母さん意地悪しないで」と叫び続けます。でもそれは彼女の勘違いで、1階上の別の家のドアを叩いていたのです。
心身が不安定で思い込みが強い少女であるかのような出だしです。
カメラが引いて同じようなドアが並んだ高層マンション、さらに引いて大きな団地群が映し出されます。ここはソウルの新市街地、漢江の南です。人口の急増に対応したまちづくりです。
原題が「はちどりの家」というそうで、日本でも高度経済成長の時期に建てられた郊外の大規模団地を彷彿させます。そんな庶民の暮らし、という意味でしょうか。
彼女は父母、姉と兄の5人家族です。仲が良い家族とは描きませんが、何度か家族そろっての食事シーンがあり、普通の韓国の家庭という感じです。
ウニから見た父も兄も横暴で暴力的です。それでいて父と兄が突然泣き出すシーンがあります。父はウニの病気を聞いたあと、兄は橋の崩落で姉が死んだかもしれない、思った時です。
映画では「突然」「堰を切った」ように号泣しました。韓国では「男は泣かない」という抑圧があり、それが破綻したから、という解釈ができます。私は、男が激情的、極端には泣かないと思いますが、ウニがそう見ていたというなら、納得ですね。
父や兄の気持ちがわからないだけではなく、友達と「顔がわかるけれども心がわかる人は何人いるか」という思春期らしい問題提起もあります。バカみたいな教師も出てきます。学校での友人、後輩、他校のボーイフレンドなど、ウニはいろいろな人と付き合っています。
あるいは大学紛争で挫折したような、ちょっと世間がわかり始めた大学生のお姉さんと知り合いになるのも、中学生の新しい出会いです。
そんな経験を踏みながら、少し大人になったと、ラストシーンのウニの顔が言っていました。
私が中学2年生の時は、とてもこんなことまで考えは及びませんでした。もっと単純で、自分のことばかり考えるつまらない男であったように記憶しています。
『キーパー ある兵士の奇跡』
英国サッカー界の名ゴール・キーパー、バード・トラウトマンの自伝的映画です。
彼はドイツ兵で英国の捕虜収容所にいました。収容所の捕虜仲間とサッカーで遊んでいたところを田舎サッカーチームのオーナーに見込まれ、誘われてプレーします。戦後、ドイツに帰国せずに、そこでの活躍を認められて、メジャーのマンチェスターシティFCに迎え入れられます。
オーナーの娘と結婚し、天才的ゴール・キーパーとして活躍しました。全国大会の決勝戦で首の骨を折る重傷を負いながらゴールを守り切り、国民的に英雄となり、のちにサッカーを通じてドイツと英国の交流を促進したと勲章も受賞しました。
しかし最初はユダヤ人だけでなく、マスコミや国民、サッカーファンも「にっくきナチス」と罵られます。英国人である妻も罵倒されます。
これは英国が戦勝国でドイツを見下せたから罵倒できたのでしょう。憎しみだけでそうはできないと思います。日本人は米兵と占領軍に敵意を見せたり、無差別爆撃や原爆の復讐などと言ったと、あまり聞いたことはありません。
また彼の心の奥底には、戦争中の出来事で、子供を遊び半分に殺す同僚兵士を止められなかったことのトラウマもありました。
一兵士、一国民にとって戦争はどうしようもない災害みたいなものです。戦争に勝っても負けても一番を大きな被害を受けるのは、そういう人です。本来、個人的な恨みはないのですが、目の前の「敵」を憎むように仕組まれてしまいます。
平凡ですが上品な映画でした。
『ヒトラーに盗られたうさぎ』
絵本作家ジュディス・カーの自伝的小説「ヒトラーにとられたももいろうさぎ」の映画化です。
ヒトラーとナチスに批判的なユダヤ人の演劇批評家の家族が、ナチスが政権を取る直前にベルリンを出て、スイス、フランス、英国へと亡命生活を送ります。それを9歳の娘の目から見た様子を描きました。
メイドを雇う裕福な金持ちから、日々の生活の心配をしないといけない貧困に転落しても、結構明るく前向きに生きる少女です。
彼らと違って、逃げることができずに収容所に送られたユダヤ人や実際に弾圧された人の話は出てきませんでした。