2021年10月に見た映画その2

『偽りの隣人 ある諜報員の告白』『その手に触れるまで』『由宇子の天秤』残り3本ですが、いずれも簡単に紹介できません。特に『由宇子の天秤』は悩んでいました。

『偽りの隣人 ある諜報員の告白』

 韓国映画で、全斗煥軍事独裁政権末期を描くコメディ映画です。フィクションと断っていますが、1985年と明示します。1987年に実施される大統領選挙に出るために米国亡命から帰国した金大中が、監視される野党の大統領候補者と、だれでもが推測できます。

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   国際社会に注目されているから、大統領候補を殺すことはできないが、家の周囲を警官で取り囲み、軟禁状態にして訪問客もチェックします。さらにその隣家に諜報員を常駐させて盗聴と盗撮、忍び込んでの重要書類の窃盗など、人権無視の監視をしています。

   国家保安部の悪辣ぶりをこれでもかと描き、そこに使われている下っ端の諜報員の右往左往ぶりで笑いを取っています。コメディタッチですが、一般市民に対し、心身を破壊する拷問があったということはしっかりと描きます。

   そして諜報員たちが、だんだんと自分たちがやっていることの矛盾を感じ始めます。国を守るという上司と野党候補の人間性の違いが歴然でした。

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『偽りの隣人』左が野党大統領候補役のオ・ダルス

   反共という錦の御旗を掲げ、官憲がどれほど酷いことをやったか、それは忘れない忘れてはいけない、という映画作家の思いが伝わってきます。

『その手に触れるまで』

 市民映画劇場10月例会です。

 好きな映画です。ベルギーで生まれ育ったアラブ人の少年が、狂信的なイスラム原理主義に陥るという映画です。

 映画は、少年が立ち直るところまでは描きません。彼がどうなるのかは、見る人の人間観による、とでも言っているようです。

 別途感想を書きます。

『由宇子の天秤』

 ストーリーを追うだけで由宇子の憂鬱さがわかります。「天秤」という題名も春本監督が「人間の弱さ」を抱えている思いが伝わってきました。

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『由宇子の天秤』由宇子と父

 全国映連が春本監督と協力関係を作り、鑑賞を勧めました。でもこの映画をどう評価をするのか、鑑賞団体の力量が問われるような作品になっています。

 テレビのドキュメンタリーを作る由宇子は、高校教師と生徒が恋愛関係となり、学校や生徒に虐められて、二人とも自殺するという事件を追っていました。彼らの肉親から「恋愛は事実ではない」と学校側の発表と違う内容のインタビューを得て、事実を明らかにしようとしています。

 その撮影と並行して、現実生活で彼女に重大な悩みが生じます。

由宇子の実家は父親が高校生向けに学習塾を開いていて、彼女も手伝っています。その父親が教え子と関係を持ち、しかもその女子高生が妊娠していることを知りました。

 頼りない父に代わって、由宇子が秘密裡に堕胎させようと画策します。彼女の思惑は、なんとしてもドキュメンタリーを作りあげて放送することでした。父のスキャンダル発覚は、それまでは隠さなければならない、と考えました。

 女子高生は貧困の父子家庭でした。由宇子は巧妙に取り入ります。しかし女子高生は子宮外妊娠で、しかも交通事故にあって妊娠が、彼女の父親にも知られました。

 その同時期にドキュメンタリーで追ってきた事件の肉親が「これまでの証言は嘘だった」と告白したために、放送も潰れました。

 父親に罵られた時に、その知らせを聞いた由宇子が呆然と立ち尽くすシーンで映画は終わりました。

 この後の対応は描きません。

 彼女の、取材対象の事実の追求と自分の身に起きた事態の対応が違うことを見せる、いわゆるダブルスタンダードを描く映画です。

 しかし両方ともうまくいかない展開になって、そこからどのように巻き返すのか、それが彼女の真の姿であると思います。

 映画的にはそこを描かない、観客の創造に委ねるという手法もあります。『その手に触れるまで』です。

 これまでの由宇子の考え方、行動などから、見るものがある程度、想像できるように作ってあればいいと思うのです。しかし、この映画では私にはそれが見えてきません。

 ですから残念、という評価です。

 一番いいのは、女子高生の妊娠については彼女の身になって解決すること、ドキュメンタリーは仕切り直しで、この企画をやめて別のものを探す気力を奮い立たせることです。

 でも両方とも潰して、彼女の人生がグダグダになるのもありかな、とも思いました。