2021年に見た映画の記録として、映画サークルに投稿した「ベスト5」を載せておきます。これまで書いてきた映画の要約みたいなものです。半睡半醒日誌に書いた日付も入れておきます。『グレース・オブ・ゴッド』は長めの感想を書いたのですが、ここに載せるのを忘れていました。後日載せます。
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邦画洋画のベスト五を選ぶ時に、いつも思うのは見逃した映画にいい映画があったのではないか、ということです。
市民映画劇場はすべて見ているのでそういうことはありません。こちらはそれぞれ個性的ないい映画であると思いますが、その中から三本を選ぶのは、それなりに難しいです。
リバイバルと一年遅れも含めて年間約九〇本を見ていますが、あと二、三〇本見たい感じですね。
それぞれの映画で何に惹かれたかを短く書きます。
1.市民映画劇場
1.グレース・オブ・ゴッド
2.その手に触れるまで
3.お名前はアドルフ
『グレース・オブ・ゴッド』
闘いを広げることで事態が動き、ひとり一人の人間性が回復するのが見えました。フランスらしい闘い方だと思いました。
『その手に触れるまで』(22.2.6)
狂気にしか思えない少年の愚行をどう見るのか。誰でも間違うことはあるが、それを切り捨てるのではなく、正すのが大人の役割。
『お名前はアドルフ』(21.5.13)
近親者の罵り合いがエスカレートしても、それが本音と知っても、多少根に持ったとしても、翌日には素知らぬ顔で集まってくるのがいいね。
2.邦画
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花束みたいな恋をした
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すばらしき世界
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梅切らぬバカ
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由宇子の天秤
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一人になる-医師小笠原登とハンセン病強制隔離政策-
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『花束みたいな恋をした』(21.3.17)
恋する時期を過ぎ、別れると決めた後の、男の哀れさと女のりりしさが見事に対比していた。未練な男は川に流すしかないか。
『すばらしき世界』(21.2.25)
やくざの世界しか知らぬ男の生きざまを描き、それに男らしさを感じる。それはバカなやせ我慢でしかないが共感した。
『梅切らぬバカ』(21.12.16)
息子の行く末を心配する母の思いは伝わるし、他人のやさしさもあるが、吹き抜ける世間の風の冷たさは凍える。共存は幻想か。
『由宇子の天秤』(21.12.9)
他人のダブル・スタンダードを指摘できても、自分で克服するのは難しく、やはり破綻した。映画作家として、それを乗り越える模索は見えない。
『一人になる-医師小笠原登とハンセン病強制隔離政策-』(21.7.25)
病気を科学的に分析し、患者を人間としてみる、当たり前のことが戦後の憲法下でも困難であったと知った。彼を支えたものは医者か宗教家か。
3.洋画
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薬の神じゃない
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皮膚を売った男
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ファーザー
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ノマドランド
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スイング・ステーツ
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『薬の神じゃない』(21.6.21)
中国であっても、国民の本気の怒りを受け止め、動くこともあると描く。儲け第一の多国籍薬品企業との距離間がいい。
『皮膚を売った男』(21.12.16)
難民の男が、肉体を美術品とすると出入国が自由になるという皮肉。独裁国家もグローバリズム資本主義も、人権よりも商売が優先した。
『ファーザー』(21.6.21)
認知症が進む父の認知する「現実」を視覚的に表現した。女婿はいい加減でいいが、娘が入れ替わる、それは父の期待でもあるのか。
『ノマドランド』(21.5.13)
米国の自由。トレーラーハウスで気ままな旅暮らしのようだが、何の保証もない生活で、その先が滝つぼでもいいという決断が見える。
『スイング・ステーツ』(21.11.9)
選挙にはお祭りの要素がある。二大政党を手玉にとって、町おこしを上手に行った人々の民主主義に喝采した。