2022年8月に読んだ本

『サルは大西洋を渡った/アラン・デケイロス、訳柴田裕之、林美佐子』『三角砂糖ショートショート20人集/和田誠企画』『こんな噺家は、もう出ませんな/京須偕充

『世界8月号』『前衛8月号』本三冊と雑誌2冊でした。

『サルは大西洋を渡った』が大部で手間取りましたから、数は少ないですね。

『サルは大西洋を渡った/アラン・デケイロス、訳柴田裕之、林美佐子』

「奇跡的な航海が生んだ進化論」という副題がついている400頁の大部(+脚注、参考文献もあります)の教養的な本でした。面白かったですが読むのに時間がかかりました。

 現在の地球全体を覆う生物分布は、どのような経緯をたどって来たかという本です。それを研究する「歴史生物地理学」という学問のことを初めて知りました。

 当たり前のことですが、地球の地質学的な大きな変化は生物の進化に影響を与えています。現在の南北アメリカ大陸、ユーラシア大陸オーストラリア大陸、アフリカ大陸の動物相に違いと共通点があることは超大陸ゴンドワナ大陸の分離に関係あると思っていました。

 「ノアの箱舟」的な要素です。しかしそれとは別に、副題のとおり巨大な隔壁と思われる大洋を、水が苦手な生物が飛び越えて分布することも、億万年という長期間を考えれば起こりえるということは、自明の事実となっているようです。

 章立てを書くと「Ⅰ.地球と生命」「Ⅱ.進化樹と時間」「Ⅲ.ありそうもないこと、稀有なこと、不思議なこと、奇跡的なこと」「Ⅳ.転換」となっています。

 この中にある専門的用語「自然分散」「長距離分散」「分断分散」「進化樹」「時系樹」「分子時計」などを知りました。

 この本は、まだ地球物理学がプレートテクトニクスを発見していない、ダーウィンの時代から生物分布の考え方を紹介していき、様々な議論と事実の検証からたどりついた考え方を書いています。

 詳しい説明はできませんが、生物の進化の時間系列と、地質的な変化、生物の分布などを総合して考えると、生物は「奇跡」と思えるような手段で地球上を移動していったというのが結論です。

 自然淘汰と生物の分岐という進化論はこれらの考え方を支えています。すごいと感心しました。

『三角砂糖/和田誠企画』

 ショートショートランドという雑誌の企画です。落語の「三題噺」的に、女優や女性歌手が3つの題を出して、作家がそれを織り込んだショートショートを書くということです。20本ありました。

 いずれ劣らぬショートショートの名手ですが、残念ながら、ここにはこれはというものはありませんでした。

 桃井かおり吉行淳之介吉永小百合野坂昭如太地喜和子色川武大宮崎美子眉村卓など組み合わせは面白かったです。さらにイラストレーターも、和田誠黒田征太郎、和田和好、長谷川集平等という個性的なメンバーでした。

『こんな噺家は、もう出ませんな/京須偕充

「落語「百年の名人」論」という副題がついています。明治大正、そして昭和の主に戦後までの江戸落語の名人、上手について論じています。

 この本は2011年発行で、著者69才ですが、昭和の末期、平成に盛り上がる噺家は出てきません。

 三遊亭圓朝は天下の誰もが認める名人ですが、それ以後は、彼の弟子である四代目橘屋圓喬、初代圓右、三代目柳家小さんと続いたと書きます。それは幕末から明治大正です。

 そして昭和の戦後に入って八代目桂文楽、五代目亭志ん生の名前が出てきます。次に六代目三遊亭圓生が出てきて、やっとテレビ等で知った名前が出てきました。

 その後、五代目柳家小さん、三代目桂三木助、三代目古今亭志ん朝、十代目柳家小三治までを言及しています。

 名人などという考えは文楽までで、人間国宝小さんもはまらないといっています。この本は「名人談義」ですが、「うまい」と言える噺家の名前が出てきます。

 最近の5060代で活躍している人は別にして、立川談志五代目三遊亭円楽は出てこないのはなぜだろうと思いました。

『世界8月号』

 特集は「ジャーナリズムの活路」「労働運動の復権」でともに興味あるものです。

 まずいつも最初に読む片山さんの連載から紹介します。

153片山善博の「日本を診る」広島県安芸高田市長と市議会との対立】

 副題に「そこに地方自治改革のヒントが見える」とありました。

 市長が「議会で居眠りをする議員がいる」とツイッターに上げたこと、議会が二人目の副市長選任を議会が反対したことから対立が深まったようです。議会側が副市長定数を1にしたり、市長が議員定数を半分にする議案を提出したりと泥仕合です。

 片山さんの意見が面白い。居眠りはその場で注意すればいいこと、議員にも事情がある、さらに議会運営が退屈な要素があるあることを上げている。

 副市長選任は、市長が全国公募で決めたことによる反発があったようです。

 そういうことを踏まえて「最終的には議会の判断に従う」と言います。反対する議員に公の場で「いかに説得するか」「言いたいことに謙虚に耳を傾ける」と、鳥取県知事時代に実践されてきたことでしょう。

【ジャーナリズムはどこに息づくか/依光隆明】

 福島原発事故を報道する『プロメテウスの罠』の責任者でした。20223月末で新聞記者を辞めたそうです。

 最後の職場、朝日新聞諏訪支局長時代のことを書いています。事例を二つ出しました。

 一つは道路事情、情勢などが大きく変わったあとの国道20号のバイパスに対する、地域社会、市民の意見をどのように報道するか。もう一つは水道料金未払いで、水道を止められた人の問題です。

 ジャーナリズムの原則①公権力の監視②客観的な事実の追求③弱い立場の当事者への寄り添い、からどのように報道するべきかを書いています。

 そして、そこの自治体に対する地方紙と全国紙の違いにも触れました。

【新たな歴史を紡ぐアメリカ新世代の労働運動/松元ちえ】【アメリ労働組合運動の再興?/中窪裕也

 米国でアマゾンの事業所で労働組合が結成されていることが「画期的な」こととして報告されています。

 米国の労働法制度は、労働組合の結成や団体交渉、ストライキなど障壁が高く、日本と比べて経営側に有利になっています。アマゾン経営者などの「組合嫌い」「組合つぶし」がある中で、それを乗り越える運動があるということです。

 その一方で民主的な労働法制を持つ日本の労働組合はどうなっているのか、という報告がありません。「プラットフォームワーカーの自由と保障/沼田雅之」「芸能人の過酷な労働実態/森崎めぐみ」「『静かな活性期』迎える女性労働運動/竹信三恵子」といった各分野の報告はありますが、連合、全労連というナショナルセンターの問題点など、大きな情勢はありません。

 ちょっと寂しいですね。

『前衛8月号』

 特集は「『自由』が危ない―政治による介入を問う」ですが、それはそれとして、一番面白いものを紹介します。

【食糧危機のその真相と解決策/印鑰智也】

 ちょっと読めない漢字の著者(いんやくともや)ですが、中身はわかりやすくて刺激的でした。

 肩書は「OKシードプロジェクト事務局長」で、どんな団体かと調べると、食のゲノム編集など遺伝子操作に反対する市民団体です。

 ロシアのウクライナ侵略によって、世界の食糧危機があらわになりました。その危機の構造、現在の農業の実情を明らかにして、それに対抗する方法も示されました。

 こういうことについては全く知りませんので、この情勢分析とこの解決策でいけるのかの判断はわかりませんが、小気味いいほど明快でした。

 食糧危機の元凶は「工業型農業」だと指摘します。すぐにわかりますが、化学肥料と農薬、遺伝子組み換え、多国籍企業などによって支配されている農業です。食料主権を認めない新自由主義路線です。

 それは食糧危機、健康危機、環境問題、土壌破壊、気候危機に繋がっています。

 近年は国連やラテンアメリカ、アフリカ諸国、フランスなどは「工業型農業」の危険性を認めて、そのオールタナティブとしてアグロエコロジー有機農業が広がっています。

 しかしウクライナ侵略やパンデミックを逆用した巨大アグリビジネスによって、巻き返しが行われているそうです。

 この流れを何としても止めなければと思いました。

 日本は農業問題、食料主権では一番駄目な国です。