『愛する人に伝える言葉』解説

 市民映画劇場6月例会『愛する人に伝える言葉』の解説を書きましたので、載せておきます。

 今週の日曜日、6月11日14時から、日比優子さんを迎えて例会学習会「最期に寄り添うということ」を行います。是非お越しください。

 映画は16日17日です。映画サークルのHPをご覧ください。

神戸映画サークル協議会(神戸映サ) (kobe-eisa.com)

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生を噛みしめて

はじめに

 人は必ず死を迎えます。戦争や災害、事故にあわなくても、不治の病気や老衰で死を迎えます。寿命や天寿という言葉には、生を全うしたという感じがします。しかし若くして死ぬこともあります。それは、本人も周囲の人々も辛いものです。

 『愛する人に伝える言葉』は不治の病となり、一年も持たないという余命宣告を受けた、まだ39歳の男が病気を受け止めて死んでいく姿を描きました。それは悲しいことですが、奇妙なことに、この映画を見た後に、私は清々しさを感じたのです。

 余命宣告を受けた男が、残された命をどのように生きるかを描く映画といえば、黒澤明の名作『生きる』(一九五二年)です。市役所の市民課課長(志村喬)は、死ぬとわかった時から懸命に働きました。それが彼の「生きる」でした。

 封切りではありませんが、一九八〇年代の働き始めた時に、これを見て私も感動し、そして人生を考えました。

一人で生きているのではない

 『愛する人に伝える言葉』も同じように余命宣告を受けた男、俳優志望の学生に演劇を指導する教師バンジャマン(ブワノ・マジメル)が、不治の病を受け入れていく生き様と、それを支える周囲の人々を描きました。

 原題は「彼の人生」という意味ですが、バンジャマンだけではなく、彼の闘病を支える母親クリスタル(カトリーヌ・ドヌーブ)主治医ドクター・エデ(ガブリエル・サラ)担当看護師ユージェニー(セシル・ドゥ・フランス)その他の終末期医療を支える人々の思いや人生観などが描かれます。さらにもう一人、バンジャマンの知らない彼の息子も登場します。

 残り僅かな時間、統計では半年から一年で死を迎えると言われた彼と、彼を支える周囲の人々を描くことがこの映画の主題であると思いました。ですから『生きる』とは明らかに違います。

 七〇年前に比べて医学は進歩しています。そして個々人の人生観も多様になっています。

 ドクター・エデは、病気と闘うバンジャマンを自分らしさ、より良い生活の質を保つように励ましました。そして冷静に事実を伝え、「決めるのは患者」と言いつつ、どのような治療が彼の生活を支えるか、最善を提示します。

 生き方を変えることなど求めません。

 彼は医学的な治療を施すとともに、バンジャマンに死に向かう者の心構えも示唆します。残される者に伝える五つの言葉を教えました。それは「赦してください、赦します、ありがとう、さようなら、愛しています」です。

 バンジャマンは、しばらくは通院しながら演技指導を続けましたが、入院します。病院のベッドに横たわりながら「誰も幸せにしなかったし、誰からも必要とされなかった」 といいます。

 まだ若い独身の男の正直な独白だと思いました。しかし何かを成し遂げる、そんな人生は必要ありません。生きてきた、そのことだけが大事で、死を意識した人間を描くことで、命の大切さを感じさせました。

 ドクター・エデは、治療に音楽の持つ力を活用しています。彼が最期を迎えようとした時に、傍らにいたのは音楽療法士、ギタリストです。静かな調べは病気の苦しみを包み込みました。

 映画は、バンジャマンが過去を振り返る映像はありません。しかしと母との複雑な関係を見せ、まだ見ぬ息子も認知し相続人にしました。

 彼は伝える言葉を噛みしめているようです。 

見送る人々

 この映画で重要な役割を演じるのは、患者やその家族だけではありません。バンジャマンを担当するドクター・エデやユージェニーだけではなく、病院で働く人々も丁寧に描かれています。 

 終末期の患者たちばかりを診る医師や看護師たちは、日常的に死に直面する仕事です。計り知れないストレスがかかっていると思いますが、みんな明るい表情で患者に接しています。

 そのために病院の働き方に工夫がありました。大勢が集まってダンスや音楽を楽しむ時間を持つなども、その一つです。楽しく明るい職場の雰囲気が盛り上がっています。 

 それ以上に主治医を中心としたミーティングが大事だと私は感じました。スタッフ一人ひとりに患者の病状、治療方針、考え方を伝えます。それぞれは部分の役割を担っていても、全体も把握していると思います。

 これは自覚的に責任を持って働く基本ですが、なかなか難しいことです。そういう人々が、理想的な終末期医療を支えます。

 舞台はフランスですが、現実の医療制度とは無関係です。米国の病院で働く、実際の医師であるガブリエル・サラの治療方針をヒントに映画はつくられました。(Q)