「悪人」

芝居を見た後、一泳ぎして見ました。
 ちょっと楽しみにしていましたが、妻夫木聡が犯人のタイプではないような感じで、見ながら色々考えてしまい、映画に入れなかった。
http://www.akunin.jp/index.html#/TopScene
 出会い系サイトで知り合った男と女、現代の寂しい若者像を描いた。一昔前にはやった「ア ボーイ ミート ア ガール」のパターンで、それなりによく出来た作品だと思う。しかし前に書いた「春といく旅」と同様に、主人公が妻夫木に相応しくない。
 原作と脚本が吉田修一で、大佛次郎賞もとって評価されている。監督は「フラガール」の李相日です。
 ちょっとストーリーをいうと、
 若い保険の外交員の女が山の中の崖下で死体で発見される。彼女は、友人の大学生に誘われて深夜のドライブに行った事が確認され、その大学生も警察に拘束される。彼は彼女を山の中に置き去りにしたことは認めるが殺していない、という。ドライブする彼らの後を、外交員の女に振られた、出会い掲載とで知り合った男がつけていて、置きざれにされた女を、助けようとするが言い合いになって殺してしまった。その後、男はまた出会い系サイトで新しい女と知り合い、今度は本当の心の高ぶる恋を知る。そして男と女は逃避行に入る。
 映画は、殺人の加害者被害者だけでなく、周囲の人びとの反応も丹念に描いていて、見ごたえはある。
 にもかかわらず何が不満かといえば、妻夫木です。彼が演じる殺人を犯す男は、人付き合いが下手で、うまく自分の思っていることがいえない、自分の欲望もコントロールできない、幼いころに母に捨てられたトラウマを持っている、親戚の解体業を手伝っているガテン系で、ちょっと愚図という感じだ。だがスカイラインのいい車をぶっ飛ばしている。
 それは彼とは違うでしょう。黙っているときは感じないが、少し台詞を言うと知的なイントネーションになっているし、わざと呆けた表情もするが、粗暴な感じは出せない。「セックスがすごい」感じもない。
 彼では粗暴さの中に優しさがある高倉健にはなれない。しかも貧乏な母親に会って千円二千円をせびるいやらしさも出せない。むしろあのいやらしい大学生役をやったほうが芸の幅は広がったろう。
 殺された女の父、散髪屋の親父(柄本明がいい味)は置き去りにした大学生に復讐しようとして、ぎりぎりで思いとどまる。「そうやって見下して笑っていろ」という台詞は、この映画の健全さの象徴だ。大学生の友人の一人の変化も見逃せない。
 この映画では長崎バスは評判をよくするだろう。宮崎美子余貴美子が出ていて、それはとてもよかった。ヒロインの深津絵里モントリオール映画祭で最優秀女優賞をとったが、寺島しのぶを見習ってもっと大胆な演技をしてほしかった。開き直った女は何も隠しはしない。
 この映画は、謎解きの面白さではなく、登場人物それぞれの心の動きの面白さで見せると思う。それはある程度成功していた。浅はかであったり愚かであったり、生真面目であったり、利己的であったりする。それでも、どうしようもない奴もいる、ともいう。
 だが人間には「どうしようもない奴いない」といってもよかったのではないかと思ってしまいました。