神戸演劇鑑賞会9月例会『12人の怒れる男たち』東京芸術座公演

 『12人の怒れる男たち』の運営サークルを担当して、会報係で原稿も書きました。そして芝居を見ての感想です。

 台本を読んだ感想を7月4日のブログに書いていますが、芝居はそれ以上に面白かったです。

 以下に感想を書きました。

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作り過ぎ

 予想以上に面白い芝居でした。運営サークルを担当していて事前に台本を読んでいましたから、おそらくほぼその通りの台詞によって演じられていましたが、実際の芝居は迫力満点でした。

 しかし全員が一致して裁判の証言、証拠に「合理的疑いがある」という結末は作り過ぎではないかと思いました。なぜそうしたのか、ちょっと考えました。

 台本にはなく一番良かったのは、陪審員10号のあまりにもひどい差別、ヘイトスピーチに対して、彼以外のすべての陪審員が、立場や考え方の違いを超えて背を向けるという演出です。現代の日本社会に跋扈するLGBTQや外国人に対するヘイトに対する反発と受け止めました。

 それ以外は台本通りの流れです。改めて芝居を見ていくとレジナルド・ローズは米国社会の差別構造に強い怒りを持っていたと思います。ですから「怒れる男」はローズ自身です。

 怒りながら、それでも彼は米国の民主主義は前進できると思っていました。それはこの芝居の設定を、芝居を書いた54年の数年後の1950年代後半に設定しているからです。

合理的な疑い

 芝居の流れを追ってみます。

 12人の陪審員の11人が「少年は有罪」でしたが、一人だけ「無罪」を言いました。

 主人公と言える陪審員8号は、最初から「この裁判はおかしい」と思っていました。陪審員会議の前に、唯一の物証であるナイフのものと同一のナイフを購入して「容易に手に入るナイフ」と検察の主張を覆します。

 そしてここから陪審員達が「少年は有罪」と思う証言、証拠に次々に疑義を言い立てます。

 最後には「少年が殺すところを見た」という女性の直接的な証言にも「合理的な疑い」があることを全員に認めさせて、とうとう12人全員が無罪に意見を変えることで幕となりました。

裁判全体がおかしい

 意見の不一致で裁判のやり直しをするのではなく「無罪」で一致させたのはなぜかと考えました。

多様な階層の白人男性を出し、意見の相違も見せながら、あえて「つくり過ぎ」と思わせる展開です。

 それはこの裁判自体がおかしいと告発する芝居だからです。検察、裁判官、弁護士、証人たち全てが「少年の有罪」に向けて動く「茶番」という意味です。陪審員の全員を白人の男にしたのもその意図を感じます。

 また少年が犯人とする証言も、証人それぞれが差別され迫害されている人間で、検察の意向に沿っているとまで指摘しました。

 これは、はっきりと米国議会の非米活動委員会「赤狩り」を意識していると思いました。1940年代の終わりから50年代初めにかけての「狂気」です。

 多くの人々が強制的に議会に呼び出されます。彼らはいい加減、あるいは強制的密告的な証拠証言を並べ立てられて、社会的に追放されました。

 台本の流れから「不良少年に対する不当な裁判」以上の、その当時の米国社会に対する怒りを感じました。

 そして芝居は、それに沿いながら、現代日本を意識した不当無法なヘイトスピーチを批判しているように感じました。いい芝居でした。

 

 

 

西神ニュータウン9条の会HP10月号

  今月の エッセイはちょっと寂しい6本です。私も、ニュース「つながり」一面を書いたので「炉辺の枕」を書くことが出来ませんでした。気軽に書いているように見えて、原稿を書くのはけっこうエネルギーを使います。

 毎月、自分でテーマを設定して書かれているみなさんに感謝し敬服します。

 私はニュース「つながり」の一面を書きました。ジョー句には3句投稿しています。川柳の投稿者が増えて欲しいですね。

 例によって私の感想を交えて紹介します。HPへは下記から入ってください。

西神9条の会

 総理になってはならない人にNO!を     山口洋司(狩場台)

 タイトル通りです。高市早苗は総理にしてはいけない人です。政界に出た時の経歴詐称にはじまり、平和や人権を擁護する憲法の精神を真っ向から否定してきました。

 軍事費増大と福祉切り捨て、言論統制等内政もそうですが、トランプに尻尾を振る姿は、日本を辱めるものです。

 防衛費のリアル(10)    国力研究③日中の比較    西元善郎(竹の台)

 総力戦研究所は「日米開戦」の研究はしましたが、当面の最大の課題であった「なぜ中国に勝てないか」については研究していません。

ネパールからの報告(その2)    島田 徹(竹の台)

 氷河が溶解したことによる土石流の大きさは、我々に想像を超えるものです。ここに添付された写真をよく見てください。谷あいの街がすべて流されるほどです。

「沖縄を語りつぐ」 川平朝清、ジョン・カビラ著(岩波新書)  鈴木哲雄(学園都市) 

 川平家のファミリーヒストリーの本だそうです。それを辿れば日本は主権国家ではないことが明らかになっています。

 憲法と映画(118)『ヒトラーの毒見役』  独123分       <かな>(春日台)

 事実に基づく映画です。ヒトラーは権力を勝手気ままに振舞っていましたが、暗殺される危険も感じていたようです。毒見役は女性7人です。

   ♯ショート・ショート    『宿』   大西慶雄 No.25(春日台)

 旅の宿は日常から切り離されるからいいのですね。今はスマホですぐに連絡がきますが、帰れないから緊急課題は「そっちで対処して」で済ましますが、帰ってからの予定は嫌ですね。

ニュース「つながり」

 一面に映画『ネルソンさんあなたは人を殺しましたか』の紹介を書きました。この映画は是非見て欲しいと思います。米軍の本質が分かります。

 

2026年7月に見た映画

『ユマカウンティの行き止まり』『デンジャラス・アニマル絶望海峡』『KNRRCAPニーキャップ』『急に具合が悪くなる』『船に乗って逝く』『501号室の男』『隣人たち』『天使の涙』『ミュート・ウィットネス』『ライフ・イズ・ビューティフル』の10本を見ました。この月は非常に忙しかったのですが、どういうわけか忙しい方が映画を見てしまいます。

 おそらく気分が詰まると逃げ道を求めて、それが映画です。

なんとか二回で書きたいと思います。

『ユマカウンティの行き止まり』

 ユマ州の砂漠の入り口にあるガソリンスタンド、砂漠を渡るために給油をしたいと多くの車が寄ります。しかしこの日はガソリンが切れていて給油車がすぐ来るということで、スタンドの隣のダイナー(簡易食堂、喫茶店みたいなもの)で待ちます。


 次々と色々な立場の人間達がきます。

 最初はセールスマン、そして銀行強盗コンビ(奪った大金を持っている)がやってきて、老夫婦、間抜けな保安官、インディアン、犯罪(強盗、殺人)をやりたい若い男女等、集まった人間たちはそれぞれに目的は違いました。

 どこにも行けない実質的な密室のなかで強盗コンビは緊張しています。そして銀行強盗であることに気づかれて、ダイナーの中で銃撃戦が発生して、ほぼ全員が死んでセールスマンだけが生き残ります。

 よせばいいのにセールスマンは銀行強盗のお金を持って逃げようとします。その時にまた家族がやってきて、たくさんの死体と大金に驚きます。

 セールスマンは夫婦も殺して逃走しますが、やっと来た保安官に追われて死んでしまうという話でした。

 のんきな展開ですが、だんだんと緊張してきて、糸が切れたような銃撃戦。そして「漁夫の利を得た」と思ったセールスマンの死という、欲が人間を殺すという映画でした。それは、人間らしさの一面を描いていました。

『デンジャラス・アニマル絶望海峡』

 オーストラリアの港町で、水中でサメを見せる観光船があります。その船長の秘密は観光客をサメの餌にしてそれをビデオに撮っていました。

 船長は美人のサーファーをさらってきて、またサメに食われるビデオを撮影しようとしますが、彼女は粘り強い抵抗を見せます。彼女の恋人もやってきて、さらに争いは激化するという、ハラハラドキドキの映画ですが、気持ちが悪い映画でした。

『KNRRCAPニーキャップ』

 北アイルランドのヒップホップトリオ、ニーキャップの半自伝的映画。アイルランド語で歌うという過激なヒップホップですが、映画としてはよくわからないままでした。寝ていたと思います。

 だから何も言うことはありません。

『急に具合が悪くなる』

 海外でも高い評価の濱口竜介監督だが、私にはその良さがわかりません。

 この映画は、フランス人の福祉施設の責任者マリーと日本人の真里、国際的な演劇の演出家の交流を描いています。

 マリーの福祉施設での混乱はよくわかります。責任者の理念による介護は現場の人たちからは必ずしも支持されていません。お互いに意見をぶつけ合いますが、その闘いがどうなっていくのかはよくわかりません。

 真里の長塚京三が演じる演劇がどのようなものかもよくわかりません。乞われてマリーの施設でそれを演じますが、入居している人々に感動を与えているのかいないのか、はっきりしません。何か自己満足の芝居に見えます。

 二人が唐突に資本主義社会の矛盾を話し合います。そこは彼女たちの苦しみの源泉であると思いますが、映像表現はありません。

 そんなことで二人のマリーが何を求めているのかもよくわからない、という私の見方です。

『船に乗って逝く』

 市民映画劇場7月例会でした。

 中国浙江省の水郷都市を舞台にした映画。老齢の母親に重篤の病気になり、その介護をする姉と弟、その周辺の人々を描きました。

 映画を見る前に中国人の神戸市外国語大学の文化人類学の先生から「日本から見た中国の死生観」という話を聞いていました。それと映画がちょっと違っていました。

 例えば母親の葬式の服です。中国の伝統(それは日本も朝鮮も同じです)は白い服ですが、西洋風の黒い喪服でした。それはなぜなのかと考えました。

 現代中国は大きく変わっているという監督の意図だと思いました。(日本は明治以後急激に西洋風になっています。黒い喪服がどこでもいつでも一般的です)

 姉は米国人と結婚して、上海で英語学校を経営しています。しかしそれも破綻寸前です。

 弟は旅行会社のガイドですが、母の介護に専念しています。

 母の介護をめぐって姉と弟の意見は違いました。

 弟は父の職業であった船大工に憧れているのはわかりましたが、それを職業にするかどうか不明です。水郷都市も今は昔と描いていました。

 中国は経済的にも軍事的にも米国に次ぐ大国になっています。そんなことは全く描いていませんが、それを意識しながら、今はもう帰らない郷愁を描いていると思いました。

 

 

『閻魔の王宮』俳優座公演 神戸演劇鑑賞会8月例会

久々に芝居の感想を書きました。これが的確な批評になっているかどうか不明ですが、読んでみてください。

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 面白い芝居でした。何よりも全体的なテーマが魅力的で、簡素な舞台づくりと場面転換がうまく合っていたように思います。

 1990年代の中国にあった、売血によって田舎の農民にエイズが拡散していった事件を題材にした芝居でした。

改革開放の光と影

 文化大革命が終焉し、鄧小平の「改革開放」政策が推し進められていた時代、河南省で米国の製薬会社と結びついた売血事業を中国共産党の容認の元、行政機関が進めました。

 儲かる事業、売血を立ち上げ、売血をする農民たちも大きな収入になるという、みんながよくなるはずでした。しかし儲けに目がくらみ、あるいは出世にしがみついた一部の人間のために、貧しいものが大きな被害を受けました。

 製薬会社から2倍3倍の量の血液を求められて「できる」と安請け合いした幹部は、効率を上げるために、注射器は一人ひとり変える、抜いた血液は混ぜず、血小板等を取り出した血液は必ず本人に返す、というその当時でも衛生管理の常識であったものを無視しました。そのためにHIⅤが村中に広がってしまいます。

 このことに気付いた医者はすぐに止めようとしましたが、無視され逆に干されます。最後には彼女は米国に逃げました。

都市戸籍、農村戸籍

 芝居は、売血事業に関わる都市部の人間たちと、売血する農民たちという二つのグループを交互に見せました。

 中国における都市戸籍、農村戸籍の差別を意識していることがわかります。しかも彼らの生活意識も大きく違いました。それぞれのグループの葛藤を描きます。

 それを簡素な舞台をぐるぐる回すことで、これが道路になったり会議テーブルになったり、見事な場面転換でした。

良心の葛藤

 売血事業を進めようとした幹部とそれを止めようとする医者の関係は義兄と弟の嫁という関係です。兄と弟、その嫁という微妙な関係を描きます。

 出世した女性は医者の部下の看護婦でしたが売血事業を強引に拡大します。最後には挫折しますが、夫を犠牲にして逃げ切りました。

 ほぼ事実に基づいていると思います。文化大革命の後、外資を導入しながら大きく経済成長していった中国の影の部分です。なによりも中国全体を指導する共産党は、この事件を隠蔽しようとしたという批判が浮き彫りになりました。

 その一方で過大な要求をした米国の製薬会社は「汚染させた血液は買わない」と突き放します。グローバル企業は儲けを持っていくだけで責任はとらないところもしっかり描きました。

 4半世紀以上前、しかも中国の話ですが、現在の日本でも通じる人間関係を描いています。

 職業的良心を貫く人と、出世や利益のために他人の不幸は気にしない人、さらに失敗は部下の責任だが成果は俺のものという上司、家族関係をしがらみとしている現状も似ています。

 中国の話だと笑えません。内部告発が日本では出来るのか疑問です。公益通報の制度はありますが、兵庫県、斎藤知事のように無視する人もいます。

 

西神ニュータウン9条の会HP9月号

 HP9月号の紹介です。今月はいつもに増してたくさんで色とりどりです。是非下記からHPに入って各投稿、記事をご覧ください。

西神9条の会

 私の関係だけでも、エッセイと川柳、今月の歌、そして「神戸に平和記念館をつくる会」ニュースまで掲載してもらいました。

 いつものように私の感想を混ぜて紹介していきます。

 日の丸に怒りをー    山口洋司(狩場台)

 日の丸は軍国主義日本の象徴でもありましたら、自民、維新はそれを「汚す」ことが嫌なのかなと思います。私は以下の川柳をつくりました。

「裏金がとくとくと愛国を説く」

 = 原水爆禁止2026世界大会 = スペイン/コスタリカ代表歓迎会に参加して     島田 徹(竹の台)

 島田さんの行動力には頭が下がります。

 コスタリカは豊かな国ではないですが、軍事費を医療、教育に使っているようです。ニュース「つながり」9月号の一面でもコスタリカを紹介していますから、そちらも見てください。

 核保有国、軍事大国ほど核兵器におびえ「核があれば核は使われない」という「核抑止」にしがみついているようですね。

 核兵器を無くし軍事費を減らせばもっと豊かな暮らしになるのに、なぜその選択が出来ないのか、悲しいものです。

 これを読んで作った川柳です。

「三悪人対決するは核廃棄」

 防衛費のリアル(9)    国力研究②日米の比較    西元善郎(竹の台)

 日米の国力の変化はわかりやすいですね。

 それを無視して戦争に突き進んだのは、国民が世界の情勢などをほとんど知らず「満蒙は日本の生命線」という国策を新聞も含めて信じ込んでいたからだと思います。

 「侵略反対」等すべて弾圧していたこともありますが、現在の情勢と比較すれば、米国を通じた世界の情報、欧米の世界観に日本人がとらわれ過ぎていると思います。

不思議の国より(No.11)   「神戸市のやり方」    Alice(西東京)

 「神戸市のやり方」というよりも、どんな首長を選ぶかですね。

 炉辺の枕(13)『家族と社会が壊れるとき/是枝裕和、ケン・ローチ』

 複雑な世界を撮り続ける映画監督    つだわたる(美賀多台)

 二人の最新作『箱の中の羊』『オールド・オーク』を見れば、二人の違いが分かります。是枝監督は中流家庭を描くとピンとくるものが無くなります。

憲法と映画(117)『大統領のケーキ』イラク・アメリカ・カタール合作  

<かな>(春日台)

 フセイン大統領時代のイラクを描いた映画です。見たいなと思いました。

   ♯ショート・ショート             『待つ』     大西慶雄 No.24(春日台) 

                                                    ネパールより         島田 徹(竹の台)

 ショート・ショート二題です。『待つ』は散文詩です。『ネパールより』は先日の大洪水についての速報です。先進国の責任大の温暖化の被害を貧しい国が一番受ける実態がわかります。

 兵庫県平和美術展の報告もあります。このHPの常連である山口洋司さんの作品も出品されていて、写真が掲示されています。

 そして今月の歌で吉田拓郎『イメージの詩』をリクエストしました。ジョー句は3句、さらに「神戸に平和記念館をつくる会」ニュースもあります。

2026年の稲刈り

 9月5日6日と稲刈りに養父町餅耕地、嫁の実家に行きました。ここ10年ぐらいの年中行事です。過去のブログを見ると抜けている年もありますが、実際にはだいたい行っていると思います。

 2枚田んぼがあってそれぞれ半日2日にかけて刈るのですが、今年は上の田は2日に義兄が一人で刈っていました。

 下記が上の田です。行った時には刈られていました。

こちらを3人で刈った田んぼです。

 餅耕地の稲刈りは、10年前は9月中旬が時期でしたが、だんだんと早くなっています。10日前後になり、2、3年前から上旬になりました。

 今年も猛暑でしたから稲の生育は早くなると思っていました。

 8月末から私が住んでいる神戸の西神地域は曇りではありましたが、全くと言っていいほど雨は降りません。ところが但馬地方では雨が降り続いていました。

 ですから9月に入って、いつ稲刈りが出来るか不明だったのです。

 義兄は1日の夜に2日に稲刈りをすると連絡してきましたが、こちらの都合で、それは行けませんでした。しかし来週になると台風が来るという予報ですから、その前にと思って5日の早朝に神戸を出ました。

 案の定、餅耕地では昨夜、小雨が降っていました。しかし朝から晴れているので11時頃から稲刈りを始めて1時半ごろには終わりました。

 ホッとしました。

 義兄がコンパインで稲を刈り、私が袋詰めされた籾を軽トラに積み、家の乾燥機に入れるのです。

 下記のようなキャリーに積んで、家の裏にある乾燥機に運びます。

 上のような路地を運んでいきます。なかなか力仕事ですし、角を曲がるのも一苦労です。それを27俵運びました。

 いつまで出来るのか、ふと不安になる今日この頃です。

 

笑福亭三喬の襲名披露

 落語の寄席、新開地喜楽館は基本的に録画録音撮影は禁止です。特例として襲名披露の口上や数人が集まってのトークはオッケーということです。

 2026年8月9日にあった三代目笑福亭三喬の襲名披露興行に行きましたので、その写真を載せます。

(左端からおとめ、歌之助、三喬、松喬、あやめ)

 落語に興味関心がない人はもちろん知らないと思いますが、関心があってもテレビなどにあまり出ていない噺家ですから、知らない人は多いと思います。

 私は知っていたし、今後、応援もしたいと思ったので、4月の露の五郎襲名披露に続いて、この襲名披露に行きました。

 彼の師匠は7代目松喬で、先代の三喬です。私はその先代の6代目松喬が鶴三と言っていたころからのファンでした。6代目はきわめてオーソドックス、本格派という落語家でした。ですが地味です。私はいい味があるので好きですが、そんなに人気があるという人ではなかったのです。

 しかしこれからという時、62歳でなくなりました。彼は7代目松喬を残しました。この男も立派な噺家になっています。現在の上方落語を代表するといってもいいと思います。

 その弟子ですから期待しないわけにはいきません。

 なかなか落語家向きの顔だと思います。ぼんやりした中に愛嬌があります。これでもう少し落語がうまくなればいいのです。

 ちょっと顔が似ているから「落語界の松坂大輔」というキャッチフレーズがあるようですが、そんなものはすぐに辞めて、落語一本で勝負してほしいと思います。

 この日は「はてなの茶碗」を演じました。まあまあです。これは米朝の復活させた話で、茶金と言われる京都一の茶道具屋の主人、いわば天皇家にも出入りできる日本一の茶道具屋をどのように演じるかが大事です。

 三代目三喬はまだ52歳ですから、そこが難しいところです。精進していただいて三喬の落語、味のある落語をつくっていってほしいと思います。

 下の写真は喜楽館の「プロ野球応援ウィーク」の初日です。6月22日ですね。

 私は女流では露の都が大好きなのです。彼女は丸出しの「大阪のおばちゃん」を演じます。私とほぼ同い年です。

 そして隣の7代目松喬は一番の贔屓です。

 プロ野球の話はどうでも良かったのですが、意外なことに都は最近になって阪神タイガースのファンになり、しかも藤川球児監督が嫌いだと公言したのです。

 私は阪神ファンでもないし藤川は別に何とも思っていないのですが、昨年優勝し今年も順調に勝ち進んでいるのに、それに敢えて異論を言うところがいいですね。