『川柳で安倍政権を捌く/八角宗林』『やさしく強い経済学/大門実紀史』『川柳新子座/時実新子』『五十四の瞳/鄭・義信(チョン・ウィシン)』『アマゾン文明の研究/実松克義』『雪に撃つ/佐々木譲』『孤独の絆/藤田宜永』7冊と『世界6月号』『前衛6月号』です。よく読んでいます。ですから2回に分けて書きます。
『川柳で安倍政権を捌く/八角宗林』
八角さんは千葉県匝瑳(そうさ)市の九条の会代表を務めておられます。彼の(恐らく)自費出版の川柳の本です。あたりまえですが時事川柳的にです。
川柳の本は、ちょっとでもいい川柳が書けないかなと思うから読みます。私の好きな川柳を書いておきます。
・追従で国を損なう安保ン丹
・医療費が無駄長生きは非効率
・汚染土の活用という処分場
・災害と食の安保は語らない
『やさしく強い経済学/大門実紀史』
「逆転の成長戦略」という副題がついています。2022年5月20日発行ですから、最新の共産党の経済政策です。なるほどと思いました。
約160頁の薄い本ですが、新自由主義のアベノミクスによって経済的に落ち込みが続く日本を再生させるための考え方と具体的な政策が書いてあります。
第1章「冷たく弱い経済から、やさしく強い経済へ」で日本の現状、第2章「逆転の成長戦略」は具体的な政策です。
色々な経済指標は、アベノミクスの「失敗」(というか予定の結果ですが)を示しています。
端的な事例では、賃金が上がらず、GDPも増えない中で、大企業の内部留保だけが増えています。格差拡大し社会が歪んでいます。
アベノミクスの「成長から分配へ」は欺瞞であると、マスメディアは言うべきです。それを引き継ぐ「新しい資本主義」も同様で、幻の期待感を与え、その罪をうやむやにしていると批判するべきです。
大門さんは「分配から成長へ」と明言します。その一つがアベノミクス時代の大企業減税でにため込まれた内部留保に課税するという政策です。これは名案です。短期の時限的な課税で、内部留保を賃上げとグリーン投資に回せば課税されないというもので、その財源で中小企業支援を展開するというものです。コロナで落ち込んだ業界への補助もすればいいと思います。
そして富裕層への増税、消費税減税で、これは当たり前の政策です。気候変動やジェンダー平等などの経済政策も示されています。
デジタル化に向けた政策は、中国の超監視社会を「人間の尊厳を奪っている」否定し、EU等の事例に「個人情報保護」を強化したデジタル化は可能と言っています。
『川柳新子座/時実新子』
アサヒグラフ1989年、時実新子の川柳コーナーをまとめた本です。
ひと月の大きな題があり、その週毎に、小さな題をだして、川柳を募集しています。 例えば月題「旅」、週題「宿」「駅」「道」という具合です。
新子さんも句をつくり、10句を選んでいます。
時実さんは人をえぐるような川柳で、人間の嫌らしい面を見てしまう傾向があると思います。時に鋭くいいのですが、でも、そこまで行くのは難しいし、読み続けるのも辛いものです。
良かったものを書いておきます。
(時実新子)
・もしかして椿は男かもしれぬ
・一つだけ言葉惜しめばまた逢える
・わたしはいやな女で口紅を引くよ
『五十四の瞳/鄭・義信(チョン・ウィシン)』
神戸演劇鑑賞会の例会で、運営サークルを担当したので、事前に脚本を読みました。会報係で、その感想を書きました。それを再掲します。ちょっと長いです。
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27人は出てきません
『五十四の瞳』というタイトルは名作『二十四の瞳』をもじったものだというのは知っていました。それで多少はそれに近いことかなと考えましたが、中身は全然違いました。
『二十四の瞳』はアジア太平洋戦争の戦前戦中戦後で、小豆島の小学生と女先生の心の交流です。
『五十四の瞳』の時代は戦後でした。姫路の沖合にある家島諸島の一つ、西島にあった朝鮮初級学校の職員室から、そこに暮らす人々の戦後史を描きました。しかも「五十四の瞳」という27人の小学生たちは出てきません。そこの卒業生たち、先生など在日朝鮮人たちに焦点があてられた芝居でした。
舞台が小豆島に近い家島諸島の西島であり、その島の18年の変化を描いたという点だけが共通することです。
戦後史は学校ではほとんど習っていません。ましてやこの芝居の中心になる在日朝鮮人については戦前戦中戦後の彼らの生活実態などは全く知らない、といっていい状態です。
関東大震災の時に、多くの朝鮮人たちが「自警団」という一般の日本人に殺されたことは知っています。
大日本帝国の支配の下で、植民地であった朝鮮半島の朝鮮人たちも、日本に自発的に、あるいは強制的に連れてこられた来た朝鮮人たちも大変だったと想像します。
1948年~68年は、日本が戦後から高度経済成長に向けて動き始めて時期でした。気になる出来事を年表で拾ってみました。それを見ながら芝居についていろいろと考えてみます。
憲法の下で
48年はGHQの支配の下ではありますが、日本国憲法等が施行されて「戦後民主主義」は始まっていました。国民主権、平和主義、基本的人権、地方自治という理想が掲げられました。
日本人は「臣民」から「国民」という主権者となりました。在日朝鮮人たちは元「臣民」であり「外国人」という取り扱いです。
家島群島の小さな西島には、憲法の光が届いていません。義務教育の小中学校はなく、解放された在日朝鮮人たちが子どもに、朝鮮語の読み書き、民族教育を受けさせたい、と言って始めた朝鮮初級学校がありました。そこでは日本人も学んでいました。
それを強制的に閉鎖する通達が出されます。
朝鮮学校に女先生がやってきました。そして朝鮮学校を卒業した4人の中学生(一人は日本人)も職員室にいました。芝居は、そこから始まりました。
冷戦が厳しさをます世界情勢の中で、GHQは日本の「解放、民主化」から反動的な政策に転換していきます。その一つが朝鮮学校閉鎖です。
朝鮮学校閉鎖の指示を出し、政府はそれを通達しました。しかし戦後の憲法は、朝鮮学校の許認可は都道府県の権限としていました。だから朝鮮人達が中心となって起こした阪神教育闘争は、閉鎖撤回を県知事に求めたのです。
GHQの非常事態宣言があり、警察権力の弾圧もありました。発砲もあったといいますが、戦前の朝鮮人弾圧を想起させます。
しかし地方自治があることで「学校閉鎖令」は地方ごとにばらばらの対応になりました。
この芝居の最後にもあるように、日韓基本条約が結ばれた65年に文部省は再び閉鎖の通達を出します。国は民族教育を否定しますが、68年に美濃部東京都知事は朝鮮大学校を認可しました。
民族教育を否定する考え方のおおもとには、愚かな首相が言った「日本は単一民族」という事実を見ない誤った見方が根強くあります。戦後でもアイヌや琉球と言った明らかに違う文化や歴史を持った人々や、植民地支配が生んだ在日朝鮮人を「同化政策」という名のもとで蔑視し排除しています。
いまでもLGBT法や「改正」入管法などの国会審議を見ると、日本の多数派は多文化共生という考え方ではないと思いました。
新しい社会へ
芝居では良平、萬石、昌洙、君子の幼馴染に気持ちの通じ合いを感じます。それぞれがお互いを認め合いながら、自分の人生を考え、悩み、夢を持ち幸せを掴もうと奮闘しています。
それは親の世代とは違う社会を意識しています。
その中で、萬石が朝鮮戦争に志願兵になっていくのは痛ましい姿です。
日本が朝鮮を植民地としたことで、連合軍は朝鮮を独立国と認めず、日本の領土として分割統治したのです。それが二つの国となった原因で、そして同じ民族が殺し合う戦争にまでいきました。
朝鮮人の死者は日本のアジア太平洋戦争の死者を超える約350万人と言われています。
その一方で日本は「戦争特需」で経済復興を歩み始めました。
56年に政府は「もはや戦後ではない」と言います。しかし教育の問題だけでなく、61年になっても西島には電気も水道、電話も通っていないようです。憲法25条「健康で文化的な最低限度の生活」からも見捨てられています。
他の登場人物も時の流れとともに変わっていきます。その中で、わからないことがあります。
日本人である良平の母は、自分は石屋の親方、元洙と良い仲になっていくのに、良平と朝鮮学校の教師、春花の結婚を最後まで認めません。それは年齢差の問題や単なる朝鮮人差別ではない、深い理由があるように感じました。
春花自身も良平の求婚を避けようとします。
彼女が西島に来た時に「生まれ変われんのやろか」といいます。彼女の重い人生が隠れているような感じです。
そういう一人一人の人生を描きながら、この芝居は、西島に居ながら戦後の変化を見事にとらえました。