『川を越えて森を抜けて』

 残念ながら、私の評価は最低の芝居になりました。それは加藤健一事務所プロデュースの芝居に期待していただけに、しかも加藤健一の芝居が上手であるだけに、この芝居の主題があまりにもつまらないものであったことで、そういう評価になりました。


 アメリカ東部ニュージャージ州に住むイタリア系の一人の青年と4人の祖父母の物語です。彼らは非常に仲が良くて、青年の父母、祖父母からいえば息子、娘が彼らの元を離れた後でも、残ってくれた孫です。
 その孫が、仕事の都合でシアトルに移り住むといったことから、ドタバタ劇が繰り広げられます。
 これはどうしたことでしょう。イタリア市民の特徴である家族を大事にするというのは、必ずしも生まれ故郷にとどまれということではないように思います。家族を養え、家族を大事にしろという教えであることは理解できても、祖父母たちが故郷を棄てて、アメリカで家族を養ってきたのだから、まず自立しろ、家族はかけがえのないもの、という順番でしょう。
 ここまでは、色々あっても芝居の中では納得できる話し合いです。ところが彼らは生活の苦労というのがまったくないのです。
 ニュージャージは豊かな州なのでしょうか。誰でも望めば仕事が得られるのでしょうか。真面目に働いていれば家族を養える収入が得られるのでしょうか。
 リーマンショック以後、明らかになったように、アメリカは親の世代より子供の世代が豊かになることはかなわない社会になっています。それはアメリカに限らず新自由主義を採る先進資本主義国の共通する現象です。
 この芝居は、その実態は一切描かないし、批判もありません。これはどこの地方、国を舞台にしているのか、そこはまるで天国だ、と私は思いました。加藤健一の見事な演技も空しいものです。
 だから失望する芝居でした。
 それと竹下恵子が可愛いおばあちゃんを好演していました。それがまた哀しいのです。