『新聞記者』『工作/黒金星(ブラック・ビーナス)と呼ばれた男』の感想

社会派映画の肝

 

権力の犯罪を暴く

 久々に権力犯罪を正面から批判する邦画、劇映画がつくられたことは非常にうれしいことです。『新聞記者』は東京新聞、望月衣塑子記者のノンフィクション「新聞記者」(角川新書)を原案としています。

 社会派娯楽映画で『新聞記者』という題名ですが、官邸中枢の内閣情報調査室が焦点です。フィクションという形を取って権力の犯罪を暴く、そういう意味で頑張った映画です。

 政権を批判しようとすれば、不法不正な有形無形の圧力、中傷、脅迫があると描きました。さらに国家権力は必要とあれば殺人まで犯す、と暗示しています。

 ですが韓国映画『工作/黒金星(ブラック・ビーナス)と呼ばれた男』と比べると、まだ力不足です。こちらの映画は1990年代に北朝鮮に送り込まれたコードネーム黒金星と呼ばれる実在したスパイを主人公に、韓国政界の闇まで踏み込んだ「フィクション」です。

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 実際のテレビや新聞報道等で描かれた事実を出しながら、その裏側では「こういうことがあった」と思わせるように、映画的に描いています。

 国民を弾圧し続けた軍事独裁政権の謀略を正面から暴く映画です。それは現在でも生き続けるその後継者たちに大きなダメージを与えます。

民主主義の危機

 『新聞記者』のストーリーは単純です。

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 新聞社に政府が推し進める特区の企画書が匿名で送られてきます。軍事目的で医療系大学をつくろうという内容で、それを阻止したいという狙いがありました。特ダネとするために出所を探り裏付けをとるために記者が動き始めます。

 その時、リークをしたと思える官僚が自殺します。内閣情報調査室がすべてを隠蔽しようと画策をしていることを知り、義憤を感じた後輩官僚が新聞記者と協力して、それを報道させました。

 映画に出てくるのは新聞記者と高級官僚だけで、そこに関与している政治家、閣僚などは出しませんでした。

 しかし前文科省事務次官前川喜平さん等のテレビ映像を効果的に使って、「モリカケ」問題など現実の事件との関係を暗示させ、すべての責任を官僚に負わせるアベ政権を皮肉りました。

 でも残念ながら特区を「スクープ」する構造で、この映画は迫力を欠くものになりました。

 「スクープ」など必要ないのです。アベ政権の下で進む、日本の民主主義社会の本質的な危機は「誰でもが知っていることなのに、厳しく追及しない」事態です。それをぼやかしてしまったと感じたのです。

 この映画で内調室長が言い放つ「この国の民主主義は形だけでいい」という言葉で表される現実が進んでいます。

 「国会で正々堂々嘘をいい」であっても選挙で「勝てば官軍」という嘯く権力者たちの考え方、そして絶対得票率2割以下でも圧倒的に勝ち続ける選挙制度投票率が低くなるように導く政治報道、ここに焦点を当ててほしかった、と思いました。

 もし大学と軍事研究を批判的に描くなら、予算を絞ることで学問・研究の自由を奪い、兵糧攻めで研究者を防衛省や米軍に従属、協力させている現実を明らかにすることです。

心つなぐ民族の願い

 韓国映画文在寅大統領の誕生以降、活況を呈しています。独裁政権下における国民的な民主化闘争『1987、ある闘いの真実』や朴槿恵政権下のメディア弾圧『共犯者』等、韓国現代社会の暗部を描く社会派映画が次々に作られています。時代劇映画でも民主主義を強調する台詞が出てきます。

 『工作/黒金星(ブラック・ビーナス)と呼ばれた男』は、実在のスパイに直接取材して彼の経験にもとづく「フィクション」として描きます。

 韓国政府、安全企画部は北朝鮮の核疑惑を調査するために、スパイを送り込みました。前歴を巧みに偽装して実業家に扮した元陸軍将校、黒金星は北京で北朝鮮の経済官僚に接触を持ちます。

 「南北朝鮮が協力して儲かる事業」を起こすために、リベートをばら撒き、豊富な資金等をチラつかせ、あるいは軍事機密を漏らしながら、北朝鮮側の信頼を得ていきます。そして最高権力者、金正日と面会するまでになりました。

 核疑惑の真実を掴むために、核開発地に近いところにある北朝鮮の観光地で、韓国スタッフによる北朝鮮の宣伝映画をつくろうと持ちかけます。その時、現場付近の住民の悲惨な状態を描きました。

 黒金星が北朝鮮の政権の中枢に食い込んだとき、彼は思いがけないものを見ます。韓国の与党幹部と北朝鮮の軍部の会談です。打倒北朝鮮を叫んでいる彼らが北朝鮮側に「いつものように軍事的挑発」を依頼したのです。

 時は1997年韓国では大統領選挙が争われ、革新派の金大中の優勢が伝えられていました。

 独裁政権内部の腐敗と裏切りを強烈に描きました。

 この後、黒金星は国家の裏切り者として2010年に逮捕されています。

 映画は、上官の命令や「国家の利益」に沿って騙し合いの駆け引きをしてきた北と南の主要な登場人物が、いつしかお互いの人間性を見るようになってきたと描きます。そこには家族を大事にし、民族の和解を進めたい、という人間らしい心情が確かにありました。

告発するべき焦点

 『新聞記者』の公開が参議院議員選挙と重なり、全国的にヒットしました。神戸でも封切り当初は満員で、六月末から二か月のロングランです。これはこういう映画を待っていた層がある程度いて、口コミが広がり日ごろ映画館に足を運ばない人々も引き付けたのでしょう。

 権力の犯罪に迫る社会派映画が出てくれば、権力と対抗すること避けたがる社会的風潮が少しでも変わるのではないか、政権批判をする芸人が干されるというテレビ業界を少しでも変えることができるのではか、と思います。そこは評価します。

 この映画では権力の圧力を描きましたが、内調室長がいう民主主義の危機の実態、それを手助けする新聞記者、御用メディアの告発が不十分です。国民の政治意識をかく乱する幇間学者や芸能人たちの役割も描けていません。

 その点『工作』は、国民を弾圧してきた北と南の独裁政権の腐敗と対比して、最前線の官僚、スパイの裏側の心情を描きました。現在も続く同一民族による軍事的対立の悲劇を誰が演出したのかを解明し、しかもそれを克服したいという熱情も感じました。

 裏切りと偽善の中心にいるのは誰かを明確に言いました。