『トリとロキタ』『メグレと若い女の死』『私の中の彼女』『PLAN75』『イニシェリン島の精霊』『ワンセカンド永遠の24フレーム』『午前4時にパリの夜は明ける』7本です。今月は奇妙な感じの映画で、魅力的でした。まず4本書きます。
『トリとロキタ』
タルデンヌ兄弟の傑作です。見た直後よりも、時間が経ってから、なぜか頭の中で振り返って考えることの多い映画でした。
少年トリと少女ロキタは、アフリカからベルギーにやってきた不法移民です。トリは難民の扱いを受けてビザを手に入れました。
ロキタとトリは地中海を渡ってくるときに知り合っただけで、本当の姉弟ではありません。二人は姉弟といいはり、ロキタのビザを手に入れようとします。しかし面接での受け答えがうまくいかずに、それが認められせん。
それでも二人は生きていかなければなりません。ロキタはアフリカの親元に仕送りをするために送り出されたのです。
困った二人は犯罪組織に関わってお金を稼ごうとしました。
タルデンヌ兄弟は現実の厳しさを描きます。この映画ではまだ子供と言っていい二人が、何らの保護を受けることもなく、生きていこうとします。しかし世間の荒波を乗り越えることは出来ません。そういう社会です。
私は見た直後は混乱して、この映画が評価できなかったのです。
今はこう思います。
生きていくことが大事であり、幼い子どもたちは懸命に生きていこうとしている。法律がそれを許さない、この社会はそれを受け入れない、だが彼らの姿をよく見ろ、これが正義かと、言っているようです。
日本の入管法「改正」はもっと酷いようです。
『メグレと若い女の死』
フランスの推理小説の傑作、ジョジュル・シムノンのメグレ警視シリーズを原作としています。
パトリス・ルコントが監督で、メグレをジェラール・ドパルデューが演じているので期待して見に行きました。でもちょっと外れました。それは舞台が1953年のパリで起きた殺人事件をしているので、その時代に生きるパリの人々を、私が実感できないからです。
豪華なドレスを着て殺された女性、彼女は身元を証明するものを持っていませんでした。メグレ警視の推理によって、少しずつ手掛かりが明らかになっていきました。その辺りは面白く作っています。そして突き止めた犯人、その動機などもなかなかのものでした。
しかしよくできた映画で、この時代のパリの感じだと思うのですが、私にはそれが分からないのです。
『私の中の彼女』
短い映画4本のオムニバスです。いずれも現代ですが、全く違う話です。それぞれの映画の主演する女優は一人で、彼女が年代も境遇も全く違う4人を描き分けました。それも上手ですし、ストーリーも、短い映画なのであまり説明しない、そこがいい雰囲気を醸し出し、スパっとした展開でした。
『4人の間で』
20年ぶりにグループ電話で話をする男一人と女二人、もう一人はここにいない共通の友人の女という設定でした。段々と思い出すのとホンネに言いだすのと、スリリングな会話劇でした。
『ワタシを見ている誰か』
デリバリーを頼む女と配達する男、偶然の出会いと思いますが、そうではないという展開になっていきました。
ここでも本音を出すと大変なことになっていきます。
『ゴーストさん』
いつもバス停にいるホームレスの女に、風俗に勤める女が声をかけるところから話は始まります。二人は女優になりたいという夢を持っていたことが分かりました。
『だましてください、やさしいことばで』
オレオレ詐欺で金を受け取りに来る男と、それと知っていてお金を渡す盲目の女の話です。
『PLAN75』
75才になると安楽死を選択できる制度が出来た日本という架空の社会をつくった映画です。西神ニュータウン9条の会HPに投稿したものを以下に載せます。
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希望が見えない社会
2022年6月に公開された映画で、だいぶ遅れてみました。監督・脚本の早川千絵さんは自己責任と不寛容な現代日本に対して問題提起し、生きることを全肯定する思いでつくった、と言います。
高齢化がさらに進んだ日本です。75歳以上の人間に安楽死の「権利」を与える法制度「PLAN75」がつくられた社会で、そこに生きる人々が、どのような思いを抱えているのかを描きました。
まず高齢者たち、そして「PLAN75」に係わる若者たち、そして彼らから少し離れた外国人労働者、彼らが多少絡み合いながらも、無関係に生きています。
苦しい高齢者
若者が高齢者を「社会の邪魔もの」として攻撃し、社会的負担も増えたから「安楽死」の制度が出来た、とテレビが解説しました。
夫と死別し、子供いない78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)はホテルの清掃員として働いています。なぜ働くかは明示されませんが、彼女は自営業であったために年金が少なく、まだ元気だからと思いました。
ある日、仕事中に彼女の同僚が倒れました。ホテルはイメージが悪くなるのを恐れて、高齢の従業員たちの首を切ります。
安定した職場、収入を失った角谷ミチは「PLAN75」に惹かれていきました。
「PLAN75」に従事する若者達の矛盾した思いも描かれています。外国人労働者が高い賃金に惹かれて、それに関わる汚れ仕事をします。
どこを、何を変えるのか
早川さんの意図は、伝わってくるのですが、見ていて不満がつのりました。それはこの法律が成立する社会を、どう変えるのか、そこが不明確だと思ったのです。
若年層の意見だけでこういう法律が成立するとは思いません。投票率の高い高齢者層の支持があったとみるべきです。それは高齢者の中に、安楽な余生を送る者と、負担をかける者の分断があったと、私は見ました。
ですから、この映画は現在の日本社会の痛烈な批判です。高齢化と貧困化、そして社会的分断の誇張です。
さらに死ぬ権利である「PLAN75」は行政が丁寧に対応しますが、生きる権利「生活保護」はかなり手抜きの対応と批判しています。
ミチは「PLAN75」の施設から逃げ出して、生きる道を選ぶ、そこで映画は終わりました。しかし明日、何かが変わるとは言えないのです。