映画「アルキメデスの大戦」の感想


なぜ嘘の物語に感動するのか

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いい役者が出ています

架空戦記と言う小説や映画を史実のように思い込む人がいます。知識が不足してだけでなく「そうあってほしい」という願望が、神話や俗論を無意識に事実とすり替えているのかもしれません。
それを克服するためにきちんとした本を読むことですが、俗悪な本が本屋の店先には平積みしてあります。例えば「日本国紀」(百田尚樹)は歴史コーナーに置いてあり、味噌も○○も一緒にするので訳が分からない状況です。
架空戦記映画『アルキメデスの大戦』(同名の漫画(三田紀房)が原作)はキネマ旬報ベストテンで二、三の選者が高く評価し、興収も上位に来ています。
私は映画を見る少し前に加藤陽子さんの「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」を読んでいましたので、いかに俗論の歴史観、戦争観にもとづいているのかよくわかります。全面的に批判します。
奈落へ落ちる時代

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これが主人公です


アルキメデスの大戦』は櫂直(かいただし)という架空の天才数学者を創造して、彼を触媒のように動かして、大日本帝国海軍内部にあった今後の海軍力は「戦艦か航空機重視か」という争いをネタとして、虚実を混ぜ込みながら一九三三年頃の日本、海軍を描いています。
一九三三年という年代をはっきり出していますが、その時期の日本、世界の動きをきちんと画面に反映しているのだろうか、という疑問を持ちました。
 日本は三一年満州事変を起こし、三二年には海軍将校が犬養首相を殺害する五.一五事件がありました。三三年に国連を脱退し、小林多喜二特高警察に逮捕、虐殺されたのもこの年です。治安維持法が猛威を振るい、京大滝川事件等、学問の世界にもあからさまな思想弾圧がありました。
 ドイツではヒットラーが政権を取り、F・ルーズベルトが米国大統領に就任しています。
 日本国民の多数は、意識していなかったのかもしれませんが、すでに中国大陸では関東軍侵略戦争を進めています。
 こういうことは描かれません。
俗論の戦争観
この映画では戦争の変化を象徴的に「戦艦か航空母艦か」に特化しています。しかし第一次世界大戦は、軍隊だけの戦いではなく、国全体の総力戦であったことが認識されています。パリ講和会議に臨んだ日本代表も軍事力では優位であったドイツ帝国オーストリア・ハンガリー帝国が、共和制の政治制度を持つ英国、フランスに敗れたことに着目しています。
絶対王政の国は総力戦では負けるのです。
政府や軍部の中枢は富国強兵という軍事力と産業力だけではなく、国民の意識、生活水準も戦争にかかわってくると考えるようになっています。
主人公櫂直だけではなく、山本五十六など軍人も含めて映画の登場人物は、米国の潜在的国力には恐れを抱いています。この時代でも国際情勢を知っている政治家、軍人や知識人は大体そう思うのでしょう。
しかしそんな彼らも、国際的な孤立へと突き進む日本、海軍を含む軍部の暴走を、体を張ってでも止めなければならない、という危機感を持っていません。
この時期の日本を描くのであれば、戦争拡大に突っ走る「軍部の独走」を止められない政府と国会あるいは天皇、「良心的な」軍人、短絡的な「国益」を欲しがる国民世論、それをつくっていった報道と思想弾圧を描くべきです。
ですがそういう視点は持っていません。
アルキメデスの大戦』は愚かな軍部と政府を描くだけで、無謀で自滅的ともいえる世界の多数を敵に回す戦争へ突き進む、真の要因は描いていません。
「天才」の能力
 櫂直は「戦艦派」の企画書の見積金額が嘘だと暴くことを、山本五十六等「空母派」から依頼されます。米国へ渡ろうとしていた櫂は「日本を救うため」と説得されました。
「戦艦派」が調査の邪魔をする中で、手に入れたわずかな数字、データから戦艦の全体像の見事な設計図を再現し、建造費を積み上げていきます。ひらめきなどではなく論理的な積み上げと洞察力、調査力そして疲れを知らぬ精力的な活動力は天才の名に値します。
 さらには元の設計者さえも気づいていない欠陥まで指摘します。
映画では、現物の軍艦に乗り込んで設計図を手に入れ、船体を計測する等でデータを収集します。軍艦の建造費の秘密は財閥の娘の手助けで下請け会社社長の協力を得て知ることができます。
そこから巨大戦艦の全体像を作り上げます。見事なものです。
 しかし物足りません。実務を積み上げるだけでは天才ではありません。彼は全局面を見た手を打たないのです。「戦艦派」の圧力で資料が出てこないのなら、彼を支援する山本五十六永野修身海軍大将の人脈、海軍内の対立の利用した政治的策略まで広げて、旧弊な海軍の矛盾を突き、それを崩す、常人にはできないようなダイナミックな発想、仕掛けが乏しいように思います。
数学の天才であるならば、数字に明るいことだけではなく、論理的な思考によって、海軍内の人間関係と組織構成まで深く読んで利用する能力を発揮すべきでしょう。
愚かなこじつけ
最初に櫂直は「軍隊は嫌い」な天才という位置づけがありました。それが海軍の中枢部に入っていくと、徐々に軍人たちに取り込まれていくようになります。
「戦艦派」が嘘の建造費をつくった理由「敵国に知られないように」「敵をだますにはまず味方から」に乗せられていきます。さらに「巨大戦艦を建造するのは、それを沈めることで民族の玉砕まで行きそうな日本人の戦意を挫き、民族を救う」という馬鹿げた言い訳に感動していきます。
山本五十六がいう「戦闘の中心は航空母艦」だとしても、この時点でももっと大きな軍隊や戦争の変化があります。前線だけではなく後方支援が重要で、国力すべてをぶつけ合う持久戦が必至です。急戦終結はありえず、日本の資源と産業力、国力では欧米列強と戦争はできない、という見通しをはっきりというべきでしょう。
事実「日本は戦争する資格のない国」(水野廣徳)といった軍人もいました。
そういう分析もできないのでは天才的な学者としての論理性はありません。知っていて言わないのは良心がありません。
脚本、監督である山崎貴氏はVFX(視覚効果)特撮が上手ですし、『ALWAYS三丁目の夕日』で日本アカデミーの監督賞を撮る等、映画監督としても高い評価を得ています。
私はそういう評価ではありません。
そのうえ東京オリンピック開閉会式の演出も任されていますから、安倍政権に批判的ではない映画人です。歴史を偽造する大ヒット作『永遠のゼロ』の監督、脚本も担当しています。
この映画も原作の漫画に基づいているのでしょうが、海軍内部や陸海軍の争い、あるいは日本の都合ばかりが目につきます。もう少し欧米列強やソ連アジア諸国の動きに目が行くような話にできないのかと思います。すべてに「浅い」という印象です。