2020年9月に読み終えた本

『剣は知っていた/柴田錬三郎』『矢萩貴子傑作選1~7』『闇の想像力/梁石日』『リプラからスコルピウス、サジタリウスへ/松村潔』『ヒトはなぜ戦争をするのか/アインシュタインフロイト』『破門/黒川博行』今月は6冊です。

『剣は知っていた/柴田錬三郎

 一度、柴錬を読もうと思っていたのですが、これは分厚い長編小説で、まさに通俗的な娯楽小説の典型というものです。貴種流離譚というパターンに当てはまります。

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 戦国時代の末期、豊臣秀吉小田原城攻めを背景に、北条家に滅ぼされた関東の名門、眉殿家の忘れ形見、美貌の剣士に成長した眉殿喬之介と、北条家に政略結婚として送り込まれた家康の息女、鮎姫の恋愛物語を軸にして、喬之介の父母や一族等の仇討ちを絡めて複雑にしています。二人に関わってくる人々の人生が描かれました。

 それほど波乱万丈というわけではありませんが、ヒーローやヒロインが危機一髪で命が助かる、ということが繰り返されます。

 小田原北条家の確執や根岸兎角と岩間小熊との決闘を織り込むなど、史実も織り交ぜているので、この辺りを知っていると面白いと思います。しかし人生の機微、人間観に鋭さは感じませんでした。

『矢萩貴子傑作選1~7』

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『蒼い獣たち』『エキセントリック・シティ』『ダークムーン』『ガラスの果実』『春の檻』『素奴夢の男』『夏蜜柑』というタイトルで7冊読みました。レディースコミックという分野です。

『闇の想像力/梁石日

 在日の作家で、三國連連太郎との共著『風狂に生きる』で知って読みました。評論、エッセイの本です。船戸与一金時鐘平岡正明との対談、韓国への旅行記も入っています。

 日本の戦後文学は戦争被害の面で傑作を書いているが、加害の面で描いた傑作はないと言っています。その通りです。軍隊内部を批判する小説は『神聖喜劇大西巨人』等素晴らしいものがありますが、山田洋次が言う、満洲にいた日本人が持った中国人へのいわれのない差別感を描いたものは知りません。『三たびの海峡/帚木蓬生』も読みました。ここには日本に来た徴用工、朝鮮人の日本でのひどい扱い、環境が描かれていました。

 直接的な植民地支配といえば『族譜/梶山季之』を思い出しますが読んでいません。

映画でも山本薩男の『戦争と人間』3部作が、五味川純平の原作によって日中戦争を全体的に描いてはいるものの、朝鮮半島満洲、中国での日本人の他民族に対する振る舞いを描き切った、とまでは言えません。

 朝鮮はもともと「朝日の鮮やかなところ」という美しい名前ですが、日本人が「チョーセン」と軽蔑に使ったことで、この言葉を使うことで、彼自身でさえも嫌悪感を持つようになったという、心情を吐露しています。非常な痛ましさを感じました。

 次は、戦後の大阪にあったという「アパッチ部落」と呼ばれた朝鮮人部落を描く小説『夜を賭けて』を読んでみようと思います。

『リプラからスコルピウス、サジタリウスへ/松村潔』

 奇妙な味のショートショートです。テーマも論理も、文章のつなぎも普通ではありません。常識的な世界を扱っていないのでSF、ファンタジー的ですが、文法までもがおかしい時があります。まあ言えば夢を文章化したものと思ってください。

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 つじつまが合わない、飛躍がある、意味が分からない、意味がない、そういうショートショート、とても異常な小説群でした。タイトルからしてそうです。

 まえがき、あとがき含めて64編がありました。

 ちょっとだけ紹介する。最初の3

 『蝶でできた靴』どんな靴か想像できないが、靴が足に一体化して、背中がむずむずする、で終わる。

 『葉っぱ』葉っぱが貨幣になった。葉脈に値打ちが出てきてた。

 『鷲と鳩』神社の境内で鳩の糞を舐めた娘が鷲になって、ついには双頭の鷲になる。

 全部読み終えるのに時間がかかりました。時々読む値打ちがあるのかとも思いました。でも「まえがき」によれば食べていけるだけの収入があるそうです。

  後で知りましたが、松村さんは「神秘哲学研究」の第1人者だそうです。

『ヒトはなぜ戦争をするのか/アインシュタインフロイト

 国際連盟の企画で、物理学のアインシュタイン精神分析学のフロイトの往復書簡です。アインシュタインは戦争をなくしたいと思い、フロイトに人間が戦争をする理由を教えてほしいと手紙を書きました。

 フロイトも戦争反対の持ち主で、色々考えて、結局は他者を攻撃するのは動物の本能で、それを多数の力、民主的な政治で抑え込むしかない、という普通の答えが書いてありました。

『破門/黒川博行

 黒川さんの小説を初めて読みました。楽しく読ませます。これは直木賞をとっていますが、ちょっと変わったハードボイルドという感じです。「疫病神シリーズ」の一つで、順番で言うと5冊目です。

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 大阪弁の小説です。暴力団幹部、桑原と、父がその暴力団の幹部だった男、現在はその関係を利用する建設コンサルタント、二宮がコンビとなって珍道中するように展開していきます。

 今回は映画製作に絡む詐欺をめぐるドタバタ劇です。

 映画製作をする、という話を信じて、桑原と彼の兄貴分が制作委員会の一員になって投資をします。しかしそれは詐欺で、金を集めたプロデューサーが行方をくらませます。それを追ってコンビが走り回ります。

 その裏には本家筋の幹部がかかわっていくこともわかってきて、いわば身内同士の殴り合いも辞さない、破天荒な桑原です。

       プロデューサーは老人の部類ですが、桑原につかまっては逃げる、を何度か繰り返すタフで滑稽な男です。

 特に社会状況が書き込まれているか、といえばそうでもありません。暴力団の金銭感覚や本家や親分子分の関係などが面白く描かれていました。