2020年12月に読み終えた本その1

『日曜日の万年筆/池波正太郎』『繚乱/黒川博行』『立川談志まくらコレクション風雲児、落語と現在を切る/立川談志』『刑事群像/香納諒一』とりあえず4冊紹介します。一月分まとめるとあまりに長い文章になるし、遅くなるので、とりあえず、この程度で行きます。

『日曜日の万年筆/池波正太郎

 池波さんの小説は『剣客商売』『仕掛け人・藤枝梅安』シリーズを読みました。『鬼平犯科帳』は読まず嫌いです。火盗改めという権力の暴力装置が気に入らない、と言う程度ですが。

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 エッセイを読むのは初めてです。幅広い蘊蓄を傾けるというよりも、自伝的に日常生活を振り返り、そこで考えた色々なことを書くというものでした。彼の人生を初めて知りました。51話あります。

江戸っ子で、貧しい家庭で小学校を出て、すぐに株屋で働いたというのは、ちょっと驚きでした。その後、色々な職業を経験します。都の職員にもなります。

芝居や映画は好きで、小さい頃から見ているようですが、それでこれだけの仕事を成し遂げる能力を開花させたのはすごいと思いました。小説、戯曲、演出、絵も描くし、舞台装置のスケッチ、平面図も考えるようです。

 たくさんの小説、戯曲を書いていますが、最初は戦後に劇作家としてスタートです。

 色々と気づいたことを紹介します。

 戦時中、通信関係の部門に居て、終戦3日前に知ったと書いてありました。池波さんは一介の兵隊ですが、部署の関係でそんな情報を得たのでしょうが、当然、上官も知っていたし、他部門でも知っていた人は多くいたでしょう。敗戦の日を知っていれば、それを利用して悪いことをした人もいたと思います。

 12月の神戸演劇鑑賞会で見た芝居『私はだれでしょう』で、軍の幹部は終戦のどさくさで軍事物資をくすねた者が相当いたとありますが、軍人魂とはそんなものです。

 日常的なことを書かれていて、ちょっと真似をしてみようと思ったのが食事の記録です。彼は3年日記を使っていて、15年間欠かさず、そこにそれを書き込んでいるようです。

 私も主なおかずぐらいは書き残すことにします。

 小説の書き出しは、ある場面が脳裏に浮かび、それからどんどん話が膨らんでいくようです。最初から全体の構図を決めて書くのではない、ので主人公なり劇中人物が動いて、作者もなぜそういう状況なったのかがだんだんわかってくる、といいます。ですから続きが浮かばないと書けない、と言います。

本当かなと思いますが、芝居なり映画でも、いいなと思うシーンから話をつくることもあるから、彼はそういう書き方をするのか、と思いました。 

『繚乱/黒川博行

 黒川博行の、元大阪府警暴力団担当だった堀内、伊達コンビの活躍するシリーズ、先月読んだ『果鋭』の前作で、飛ぶように話が進むハードボイル、警察を懲戒処分になった元刑事のピカレスク小説です。

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でも彼ら以上に悪いのは、世の中の仕組みをうまく利用し、隠れた犯罪で大儲けをする連中がいて、さらに、それに取りついて甘い汁を吸う、元警察幹部が出てきます。

競売屋に雇われ調査員となった伊達と堀内は、パチンコ屋の債権者、債権額を知ろうと、伝手を手繰って様々な人に会いに行きます。すると裏にあった真相に近づき、過去の犯罪までたどり着きました。そして金の匂いに気づきます。

 パチンコ屋の競売物件を調べるうちに、殺人事件が起きて、その裏には、暴力団と金貸し、警察OBが絡んできました。

OBになっても警察組織は現役警官とも一家意識でつながっていて、彼らは警察が持っている個人情報も利用します。どこまで嘘か真かわかりませんが、ありそうなことです。

大阪弁で、リアルな感じですが、現代社会の悪の大本である資本主義に切り込んでいるかと言えばそうではありません。標的になるのはせいぜい資産が数十億程度の連中で、暴力団も本家ではなく2次団体3次団体です。

立川談志まくらコレクション風雲児、落語と現在を切る/立川談志

 切るというほどたいそうな話をしているわけでもありません。落語のまくらの効能は色々あるでしょうが、立川談志は自己主張をしている割合が多いと思います。本編主題、オチの理解の手助け、落語が描く生活、世間の解説、そういうものは少ないです。

日常的な身の回りのことだけではなく、歴史や哲学的なことも言いますが、政治や社会的な問題になると貧乏人の味方に徹する、ということはしません。そこはビート・タケシに似ていて斜に構えて、平凡な人間の小さな悪を突きます。

この本は1982年~2005年、彼が46才からで、落語に対し自分の考え方「人間の業の肯定」を言っていた時代です。自分の考えが最優先で、師匠の小さんをこき下ろし、志ん朝小三治といった手練れも、嫉妬心からか世間が言うほどじゃないという感じで、あまり評価しません。

自分とは違う落語観でも、落語が本来的に持っている幅ですから、観客が評価すれば良しとすればいいと思います。

『刑事群像/香納諒一

 評価が高い推理作家です。確かに面白い警察ミステリーでした。しかしここに登場する刑事たちはみんな真面目に仕事に取り組んでいます。係長クラスが出世とか上司の評価などを気にするだけです。現場を走り、証拠証言を集めてくる巡査部長の刑事「部長刑事」は、いい人間で能力もある人達でした。

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 それはちょっと嘘くさい。

 最初は、刑事たちの連作短編かと思って借りましたが、違いました。一つの事件を追う話で、警視庁捜査1課強行犯係の2班の刑事たちが登場します。

二人の部長刑事が中心で、そして彼らと同年代の元刑事(負傷してやめた、足手まといになると)彼の警察官としての誠実さも描かれています。

工場地帯の道路のガードレールに女の全裸死体が放置されていました。捜査の手順で被害者の身元を洗い、関係者の証言を取りに行きます。すると以前の事件と絡んでいることがわかり、その時に元刑事が被害者と連絡を取っていたことを知ります。

そして彼も死ぬ、という形で事件は広がります。

密室やアリバイ崩しなどの謎解きはなく、足で事実を拾っていくと、意外なところから人間関係が出てきて、次第に事件の全貌が明らかになる、と言うミステリーでした。

2重3重の犯罪が絡んできますが、犯人像や動機などはオーソドックスでした。文章も読みやすいものです。また読もうと思います。

ミステリーの場合、謎解きや意外な動機と犯人像、あるいはそれらを追っていく警察の動き、警官のキャラクター、心境描写などが面白さの基準になるのだろうと思います。私は、それに加えて、犯人と被害者の階層、職業などが気になります。