『噺家の魂が震えた名人芸 落語案内/第6代三遊亭円楽』『卑劣犯~素行調査官~/笹本稜平』『ザ・万字固め/万城目学』『ガザに地下鉄が走る日/岡真理』『空爆の歴史/新井信一』『果鋭/黒川博行』『女検事・雨宮律子①~⑤/渡辺やよい』読み終えるとすぐに感想や紹介を書けばいいのですが、ついつい後回しになるので、ここにあげるのが遅くなりがちです。
博多の落語祭りに集まった落語家30人に、好きな演目と演者を聞く、というアンケートをとり、それに基づいて円楽が落語の魅力を紹介する本です。主には東京の落語家で上方は笑福亭鶴光ほか数人です。
現役の落語家ですから、演者は自分の師匠、大師匠ぐらいまでです。よく出てくる人で私がわかるのは談志、小さん、円歌、円生、先代円楽、志ん朝、米朝、松鶴、枝雀ぐらいで、東京の落語家の昔の人はわかりません。
上位に来た演目を書いておきます。「らくだ」「鼠穴」「猫の災難」「百年目」「火焔太鼓」「掛取り」「笠碁」「金明竹」「芝浜」「中村仲蔵」「野晒し」「花見の仇討ち」「愛宕山」「居残り佐平治」「鰻の幇間」「小言念仏」「紺屋高尾」「代書(屋)」「唐茄子政談」「時そば」「文七元結」「包丁」等、書いているだけで楽しくなります。もっと続きますがあとは省略します。
ほとんど好きですが、上位に来る演目は出来る人がやるので誰のものも良いです。これにこだわらず私が選ぶ、演者演目の組合せでは、枝雀の「代書(屋)」「宿替え」小三治の「子別れ」談志の「付き馬」福団次「藪入り」松鶴「らくだ」米朝「はてなの茶碗」吉朝「地獄八景」7代目松喬「転宅」ですかね。
『卑劣犯~素行調査官~/笹本稜平』
警視庁の監察官の活躍を描くシリーズ。キャリアの首席監察官、彼が呼んできた同級生で元探偵、退職前の警官のトリオが活躍します。監察は下には厳しく上には甘い、組織を守るために不祥事を隠蔽することも厭わない体質です。表向きは綱紀粛正のために職員の仕事ぶりも私生活も見張る、のですが実態はゴマすりと腰掛の職場です。
それをこのトリオは本来の監察にしようと奮闘するシリーズです。
今回は、児童ポルノに絡む殺人事件が発端です。警視庁の担当刑事がひき逃げで殺され、その部下たちも仕事を外される事態がありました。
交通事故や殺人事件は監察の担当ではありませんが、警察内部の犯行が濃厚で、しかもかなり上層部が絡んでいると見て、トリオが動きます。殺された刑事の部下たちも怪しいと幹部を極秘で探っています。この両者が協力して犯人が絞れてきますが・・・。
最終的には真相が究明され、関係者は処罰されます。警察内部の上意下達、締め付けなど、一般捜査と違う調査官の捜査方法が描かれます。筆力がありますから読ませます。
基本的に性的指向は自由と思っていますが、児童ポルノは、ちょっと、と思います。
『ザ・万字固め/万城目学』
エッセイですが、幅広く蘊蓄を披露するというタイプではありません。でもナチュラルボーンが「生来」という意味だと知りました。面白かったのは戦国武将でサッカーチームをつくったら誰をどこへ持って行くか、という遊びです。ゴールキーパーを松永久秀において、司令塔は斎藤道三、ボランチを豊臣秀長と書いています。
私はサッカーの司令塔とボランチの違いが明確にはわかっていないのですが、彼は微妙に使い分けています。戦国武将とサッカーを組み合わせるのは、彼の小説らしいと思いました。
安定した株を買おうと東京電力株を取得して、すぐに東日本大震災が来て大暴落、700万円の損をしたそうです。しかしその直後の株主総会に出て、それをレポート。延々6時間、議長役の勝俣会長は中座せずとか。そこを評価しています。
他にはひょうたんをつくった経験談。ひょうたん愛好の会があることも知りました。
『ガザに地下鉄が走る日/岡真理』
パレスチナ人たちが、全くひどい状況にあることを思い知らされました。現代のヨルダン川西岸、パレスチナ自治区を舞台にする映画『テルアビブ・オン・ファイア』を担当したので、パレスチナとイスラエルにかかわる本を何冊か探しましたが、この本が1948年からのパレスチナ人に襲い掛かってきた厄災がどれほど酷いものか、一番よく教えてくれました。
20世紀以後のパレスチナがトルコの支配、英仏の植民地であり「3枚舌外交」でユダヤ人とアラブ人が対立するような中で、第2次世界大戦後に国連も承認してイスラエルが独立宣言をします。パレスチナ人は故郷を追われ、難民となってガザへ西岸へ、そしてヨルダン、レバノン、シリアなどへ逃げます。
それから70年を過ぎて、彼らの上にどのようなことがあったのか、私は少しは知っているつもりでしたが、事実はそれをはるかに超える悲惨なものでした。そして現在も、それは続いています。人権を踏みにじられるとはこのようなことなのか、と思いました。
この世の地獄、世界最大の野外監獄、アパルトヘイト時代の南アフリカよりも悲惨という言葉も大げさではなく、絶望しかないパレスチナ人の姿が語られました。
この本は2018年に出版されたもので、トランプ米国大統領の時代です。彼がイスラエルに与えた支援がパレスチナ人をさらに厳しい状況に追いやっています。再選されなくてよかったと安堵しました。
映画はコメディタッチで作られていますが、ここに書かれたパレスチナの実情、パレスチナ人の心情を知れば、その真意や背景に抱えるものの大きさを考えずにはおられません。
『空爆の歴史/新井信一』
「神戸に平和記念館をつくる会」の写真展資料をつくるために、この本は全部読みましたが『戦略爆撃の思想/前田哲男』『飛行機の戦争1914-1945総力戦体制への道/一ノ瀬俊哉』『戦略爆撃機B29/村上八郎』『アメリカの日本空襲にモラルはあったか/ロナルド・シェイファ/訳・深田民生』など拾い読みをしました。少しだけ紹介しておきます。
『飛行機の戦争』
海軍主流が「大艦巨砲主義」であったのは嘘と言います。山本五十六などが飛行機重視を言ったと小説で紹介され、海軍の良識派が流布されていますし、映画『アルキメデスの大戦』も俗論にもとづく架空戦記でした。
さらに一流の歴史学者であるの大江志乃夫や藤原彰もそういったので一般に流布しますが、しかしそうではなかったようです。
莫大な戦費は国債で賄います。戦艦の製造費は莫大ですが戦闘機のそれは小さく、しかもこれからの戦争の主役になると宣伝します。あなたが国債を買うと飛行機が作れると宣伝し国債を募ります。飛行機が重要な戦力であることを理解させています。
軍部も国にも戦争には国民の理解と協力が必要というスタンスだった、といいます。
この辺りは加藤陽子先生の本にも書いています。
その当時の日米仮想戦争を扱った本では、戦闘機の闘いが主になるので、太平洋を渡ってくる米軍は苦しい、日本は勝てるとあおりました。
『戦略爆撃機B29』
日本の戦力、戦闘機や高射砲ではB29に歯が立たなかったそうです。
戦前の日本の工業力技術力は欧米からの輸入に頼っていて、それを改良改善して使っていました。それを中国大陸への侵略で、1930年代に止められると、とたんに世界の進歩についていけません。特にレーダーやエンジンで格段の差がついていたようです。
ゼロ戦や戦艦大和の作った日本の技術力は高いと言いますが、そこまでであったようです。
『アメリカの日本空襲にモラルはあったか』
米軍空軍の指導部の考え方を紹介しています。日本とドイツに対応する考え方が違う、人種差別があります。
米軍は欧州では無差別爆撃をしていません。米軍が昼間の精密爆撃、英国が夜間の無差別爆撃という分担をしています。
日本には早期に降伏させるために、無差別爆撃、原爆、ソ連の参戦を実行します。前面に出すのは米兵の命を救うため、という目的でした。
『戦略爆撃の思想』
600頁を越える大部。図書館になくてネットで古本を買いました。4000円の出費。だが期待外れでした。空爆の通史的にものを期待したのですが、ほとんどが日本軍の重慶爆撃の記述で、詳細なデータをもとに重慶爆撃を明らかにして、それはそれで貴重な研究文献です。でも紛らわしい題名でした。
『空爆の歴史』
これが一番参考になりました。岩波新書でコンパクトにまとめられていて、私が書いた写真展の資料はこの本の抜粋みたいなものです。この文章は11月3日に載せましたので、それをお読みください。
『果鋭/黒川博行』
果鋭というのは「決断力があり、気性が鋭い」意味です。
黒川さんは先月の『破門』に引き続いてです。これは元大阪府警マル暴担当であった堀内(40代)と伊達(30代)のコンビが活躍するシリーズです。ミステリーですが謎解きではなく、二人がひたすら走り続けるハードボイルドです。
『果鋭』はパチンコ業界の裏表を描きました。伊達は競売屋の臨時調査員の仕事をしていますが、その前歴を買われて、パチンコオーナーの所に半グレが恐喝に来たので話をつけるように依頼されたので、無職である堀内を誘って解決に乗り出します。そしてパチンコ業界の裏を知るとお金の匂いがあるのを感じ取り、恐喝の全体像を知ろうと、警察の調査網も活用しながら関係者を次々にあたっていきます。
当然のように暴力団が出てきますし、パチンコ業界が警察の天下りであることから、そこの不正も出てきます。
芋づる式に色々な人物が出てきて、犯罪の匂いを見つけると、それが金に変わっていきます。
パチンコ機械そのものがコンピューターになっていて、遠隔操作で還元率を操作できるそうです。平均85%と書いてありますが、この小説ではそれを毎日操作しているようです。曜日や周辺パチンコ屋の状況を見てオーナーが判断していると書いてあります。
もう一つ、球の換金の機械を操作して、不正しているケースも書いてありました。
『女検事・雨宮律子①~⑤/渡辺やよい』
特に何がいいということではないですが、レディース・コミックにちょっとはまりました。
これは検事の雨宮律子とその事務官寺口を主人公にして様々な刑事事件を解明していくミステリー漫画の面を持っています。
律子は未亡人で亡夫の友人で律子とも古い付き合いのある、結婚している弁護士と恋仲になっています。寺口は監察医の若い女に迫られていますが、律子に思いをもって煮え切らいない、という状況です。
事件の謎ときと、彼ら中心人物の愛憎、肉欲が絡むようにして話は進んでいきます。すごいトリックや人間観察があるわけではないですが、気楽に読めます。引き続きほかのシリーズ、あるいは別の作者のものを読んでみようと思います。