2022年5月に読んだ本

『時代の波音/日本民主主義文学会編』『龍の耳を君に/丸山正樹』『ルポ百田尚樹現象/石戸諭』『藝、これ一生/桂米朝』『ネットと愛国/安田浩一』『世界5月号』『前衛5月号』を読みました。まず3冊を書きます。

『時代の波音/日本民主主義文学会編』

 創立40周記念の民主文学短編小説集(1995年~2004年)で、19本が載っています。いわゆるプロレタリア小説です。期待して読み始めたのですがちょっとがっかりです。それは、現代日本社会を描くものが多いのではないかと思ったのに、戦中戦後が多いからです。

 そして著者の年齢が私より若い人は旭爪あかね、渥美二郎の二人だけなのも残念です。

 その中で面白かったものを紹介します。

『表彰/原洋司』

 工場の技能者が工夫を評価されて「社長表彰」のもらえそうになったのが、その仕事に会社から睨まれている活動家や派遣社員が絡んでいたので見送られます。その顛末を淡々と書いています。好感が持てました。

『画像の上の水滴/旭爪あかね

 専門学校を卒業して版下製作の会社に職を見つけた女は、次のあてもなく、社長のやり口に反発しめてしまいます。今度は、人とあまり接触しない新聞配達の仕事に就きます。しかしそこで自分の生き方の間違い、人と人は助け合っていることにに気づくという話でした。

 人間の素直さと愚かさが表裏一体と言う感じで、これも好感が持てる話でした。

『龍の耳を君に/丸山正樹』

「デフ・ヴォイス新章」という副題がついたシリーズ2作目です。『第1話 弁護側の証人』『第2話 風の記憶』『第3話 龍の耳を君に』でいずれも手話通訳士である荒井尚人を主人公とする連作短編集です。面白かったです。

 健常者が普通に生きていれば、あまり接触しないろう者(でも彼らは身近にいます)を中心に置いた話となっています。この本で障がい者の思いを教えてもらいました。

 日本手話と日本語対応手話の違いの詳しい説明がありました。

『第1話 弁護側の証人』

 ろう者が被告となった裁判の通訳。健常者は発語という事もわかりません。

『第2話 風の記憶』

 警察の取り調べの通訳に入り、ろう者がろう者をだました事件を知ります。

『龍の耳を君に』

 荒井の恋人の娘の美和の友達、場面緘黙症の子どもに、荒井が手話を教えます。見る見るうちに彼は「言葉」出すようになりました。

 ろうという字は「聾」と書くのです。

 差別される側の人々を描いているのですが、読後感がさわやかです。

『ルポ百田尚樹現象/石戸諭』

 なぜ百田尚樹は読まれるのか、誰が読んでいるのかを知りたくて読みました。著者の石戸諭さんは1984年生まれと若いですが、しっかりと取材して書いていました。百田と繋がるような藤岡信勝(自由史観研究会)西尾幹二(ドイツ文学者)小林よしのり(漫画家)の考え方の異同までも明らかにしています。

 「第1部 2019年モンスターの現在地」「第2部 1996年時代の転換点」と「終章 ポスト2020空虚な中心」で構成されていて、第1部は百田尚樹、第2部は彼の先駆者と見られる人々、その流れです。そして終章で百田尚樹現象、ポピュリズムを解き明かし、それと対抗するものとして戦後すぐの柳田國男の言葉を引用しています。

 ごく簡単に紹介します。百田は「普通の人」に受けるものを書く、そのテーマを探すことや書き方がが上手ということです。自分の主義主張ということも含めて、受けるものを無自覚的に、虚偽であっても、一方的であっても、一部の人を傷つけようとも、そんなことに拘らずに書いています。

 しかも「反権威」を標榜し、「権威」を朝日新聞、インテリ、文化人と言っています。

 第2部で登場する人々も「反権威」が似ていますが、彼らには自分の主義主張があります。最初は百田を受け入れ歓迎していましたが、現在では少し離れているし批判的にもなっています。

 西尾さんをのぞいて、百田とも共通しているのは「普通」の人々に届くようにターゲットにして情報発信しているということです。それが多くの人を動かしています。

 教科書に従軍慰安婦が消えたというのが(政府の責任ですが)その例でしょう。

 しかし従軍慰安婦問題に対する藤岡さん等の、映画『主戦場』でも物言いは卑劣で醜く愚かでした。

 柳田國男は、戦争へ暴走した日本を反省して、付和雷同を戒め、自分の頭で考えて、そしてものをいうことが大事という主旨を言っています。思想信条、言論の自由ということです。

 それがこの本の結論です。