昨年の12月28日の朝日新聞夕刊の小さなコラムにこんなことが載った。私はこれだと思う。全国紙が力を入れるのはこんな記事を書くことだ。
日立製作所を定年を迎えた朴鐘碩さん、ときちんと会社も本人の名前がある。そしてどんな経歴であったか、日立製作所でどんなことをしたかを紹介する記事だった。
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朴さんは韓国籍で、それを理由に採用を取り消され多が、裁判に訴えて勝ち、日立の社員になった。彼の裁判は1974年だ。その年代は重要だ。
彼は働き出して、労働組合の集会で誰も意見を言うものがなく、組合経験者が会社幹部になっていくことをおかしいと思った。そして職場の代議員に立候補し、支部の委員長に立候補した。
入社からいろいろあって、そんな生き方だから、当然のように上司からも同僚からも組合からも煙たがられた。
そんな彼の定年の日。定時のチャイムが鳴ると部署を超えて大勢の人が彼のもとに集まったそうだ。花束贈呈と長い長い拍手があった。
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私は感動した。こんな記事を新聞「赤旗」以外の全国紙で読んだのは初めてだ。例え夕刊の小さなコラムであっても、これが載り始めると世の中は変わると思う。
大企業の実際の姿だ。筋を通してモノを言う者を会社も、会社に協力する労働組合も、「腫れ物に触る」のではなく、差別し弾圧する。
1950〜60年代から多くの民間大企業の労働組合が、会社の実際の暴力等の不当労働行為によって転覆させられた。その後も、労働者の側に立って活動する者(例えば共産党員)を徹底的には排除し弾圧している。
こう言った事実は青木慧さんの『偽装労連』『ユニオンジャック』等の著書に詳しく載っている。経済小説の渡辺一雄さんは実際に大丸の労働組合潰しに手を貸したものとして、告発と懺悔の本を書いている。
大企業職場における思想差別を告発する多くの裁判があった。それらはほとんど原告勝訴、会社が負けている。神戸でも関電や神戸製鋼などほとんどの大企業で、そんなことがやられている。
そしてこれは今でもある。「原発神話」はそんな職場から作られている。
朴さんを大勢の労働者が見送ったことに、日本はまだ捨てたものではないと、改めて思った。
朝日新聞に拍手。このコラムを書いた石橋英昭さんに拍手。