2021年5月に読んだ本その2

『世界5月号』『解体屋ゲン/石井さだよし、星野茂樹』『ブンヤ、走れ~阪神淡路大震災、地域ジャーナリズムの闘い~/駒来槇』『命どぅ宝/杉浦久幸』『ワケあって、女嫌いな御曹司の偽恋人になりました―男装女子への極甘プロポーズ―/御厨翠-』残り5冊について書きます。『ブンヤ…』『命どぅ宝』は演劇鑑賞会の例会の台本を読んだものです。

『世界5月号』

 いつもながら充実し、かつ興味がある記事が多いのですが、全部が読み切れないし、紹介するのも難しいのです。今回は特に難しく手間取りました。いつものとおり、私の関心の範囲で紹介します。

 特集が二つ、さらに緊急特集もありました。

f:id:denden_560316:20210709233307j:plain

【特集1:人新世とグローバル・コモンズ:「グローバル・コモンズの責任ある管理」石井菜穂子(東京大学)他】

  『人新世の「資本論」』を読みましたから、資本主義を否定しない「世界」論調は甘いなと思いました。 現在のような人間が住める地球を維持するには、今後10年の間に脱炭素社会に転換しないと駄目だと言っています。それについて実証する様々な研究を紹介しています。しかし斎藤幸平さんのように脱成長、資本主義からの転換まで言及していません。

【特集2:貧困と格差の緊急事態:「危機の中のパンデミック――ポスト近代への処方」水野和夫(法政大学)「コロナ禍は若者の窮状に何を加えたか」中西新太郎横浜市立大学名誉教授)他」】

 コロナ禍は、新自由主義で痛めつけられた弱者の生活基盤をさらに弱くして、浮かび上がらせているし、可視化していると思います。それがどれくらい社会変革の力になるか、それが私の関心事です。

 「文化芸術は生きるために不可欠」(ドイツ)は広がっているとは思うが、実感としては日本の政治、自治体行政にはあまりないと思う。

 若者は実態はよく知らないのだが、市役所で働く若者は弱者ではないのだろう。


【緊急特集《学界の一大スキャンダルへ》「ラムザイヤー論文はなぜ「事件」となったのか 」茶谷さやか(シンガポール国立大学)「ラムザイヤー論文の何が問題か――日本軍「慰安婦」をめぐる“契約論”を検証する」吉見義明(中央大学名誉教授】


 オランダの法学・経済学の専門誌(ネット版)に掲載されたハーバード大学のJ・マーク・ラムザイヤー論文。その中身は日本の歴史改ざん主義者と同様の「従軍慰安婦は性奴隷ではなく自由な娼婦」に基づく、ゲーム理論の学術論文です。それを歴史学だけではなく、経済や法学の専門学会から批判、反論(いちいち関係文献の真贋、引用の成否などを検討して)があるという報告と、この論文に対する吉見先生の検証文です。

 立派な肩書を持つ学者が、根も葉もない根拠で歴史を改ざんするような論文を書き、なおかつそれを学術誌が掲載してしまった要因を解明していました。

 「世界」のこの論調に対して、インターネットで検索すると新潮社はラムザイヤー論文を援護する有馬哲夫早大教授の論文を載せています。

 安倍政権の下の日本政府でも「従軍慰安婦」の軍の関与、強制的連行を認めている(安倍個人は認めないでしょうが)のに、歴史改ざん主義者グループはあらゆる手立てで反撃を試みているようです。

【〈現代の論点〉兵士の強化改造 どこまで許される?――フランス軍事省倫理委員会の容認意見を読み解く橳島次郎(生命倫理政策研究会)】

 人間を兵器とする研究が進んでいるのは、予想されることですが、今まで読んだことはなく、その実態は知りませんでした。著者の橳島(ぬでしま)さんは、かつてクローン人間のことを調べた時に読んでいましたから、その姿勢は評価して読みました。

 「強化兵士」とは薬物の投与、外科手術、各種装置の埋め込み等によって身体的・認知的能力の強化向上を施された兵士です。昔のSF漫画のサイボーグみたいに思いますが、そんなスーパーマンではなく、夜間視力の向上、苦痛やストレスの耐性などが想定されているようです。

 フランスは公然と意見書を出して、その方針を打ち出しました。フランスは1994年に医療関係も含めて生命倫理関連法が決められているそうで、優生学的な「望ましい資質を持つ人間」を作る遺伝子改変は禁止されています。

 軍事利用について、その上で本人同意、軍隊をやめた時に元に戻れる可逆性が必要とされています。

 そしてこの分野でも米国中国が競い合っているようです。日本はまだないようだと言ってます。


【メディア批評(第161回)神保太郎(ジャーナリスト)】


 朝日新聞の衰退に切り込みました。「総務省の接待」や「福島原発事故」などに調査報道が機能していないことを指摘しました。きっかけは「吉田調書」で東電社員などが「退避」していたことの誤報が、トラウマになっている、と見ています。

 3月に「特別報道部」を解散したそうです。

「文春リークス」にネタが集まる仕組みを解説しています。一言でいえば「信頼できる強いメディア」ということです。政権批判の「誤報」はあちこちからたたかれますが、勇気ある記事、記者をはげます雰囲気が必要だと思いました。

 NTTの接待には葛西敬之JR東海名誉会長がお膳立て、と書いてありました。こいつが悪です。


片山善博の「日本を診る」(138)官僚への接待を一律禁止すべき理由】

 今回はごく当然のことを書いています。「常識の範囲内」はそれにとどまらないこと、「具体的な請託」はなくとも「顔なじみ」の強みがあるという。

 関係業界の意見を聴く、実情を知りたいのなら接待ではない方法はいくらでもある。私的な付き合い自腹を切ればいいと、私は思うのです。

『解体屋ゲン6978石井さだよし、星野茂樹』

 これはアマゾンの「読み放題」に入っているので、新しく巻が付け加わるたびに読んでいます。

f:id:denden_560316:20210709233349j:plain

 解体屋、土木構造物やビル、建物の解体をする仕事、主人公ゲンは爆破解体の専門家(そのレベルは国際的に評価されるほど高いという設定)です。ゲンと彼の周辺の人々が主人公で、主に土木建築業界、まちづくり関係がテーマになっています。

 現在のITC化の流れは土木建築の現場を大きく変えています。施工機械の大型化高性能化はもちろんですが、ドローンが飛ぶし建設機械のロボット化、仮想空間も活用されています。

 それらはこの漫画にも反映されていますが、「解体屋ゲン」のいいところは、それが人間、働いている者との関係が描かれているのです。ブラック企業もあれば移民労働者、技能実習生などが鋭く批判されます。

 現場から、遠く離れてしまった私にとって楽しく読める漫画です。

『ブンヤ、走れ~阪神淡路大震災、地域ジャーナリズムの闘い~/駒来槇』

 1995117日神戸を襲った直下型大地震、その時の神戸新聞の人々を描く戯曲で、神戸演劇鑑賞会6月例会作品です。

 これを書く前に芝居を625日に見ました。芝居の力はたいしたもので、台本はさらりと読んでいましたが、芝居を見て「これはおかしい」と思ってしまいました。

 現代の視点から、震災直後の神戸新聞の状況などを思い出して語るという構図になっています。ですから過去を描くのですが、そこには現代の問題意識がないと面白くありません。残念ながら、そこが希薄です。

 別途、芝居の感想として書くつもりですが、ここでは、震災時には新米記者で、現在は論説委員となった原知加さん「君は、この25年に何を学んだのか」と言いたいです。

 震災報道、地方紙の役割、現代のジャーナリズムの危機、新聞業界の危機などの視点が全く弱い、と思いました。

 さらに言えば神戸新聞の近年の論調の変化に、私は怒りを持っています。庶民や労働者の立場に立っていない、と思います。だから我が家は長年読んでいた神戸新聞をやめて毎日新聞に変えました。

『命どぅ宝/杉浦久幸』

 神戸演鑑の8月例会で、運営サークルの会報係を担当しています。会報にはこの芝居の背景として戦後の沖縄米軍基地問題を書いています。それとは別に、この台本を読んだ感想も書きましたので、それはちょっと長いので、別途、半睡半醒日誌に載せます。

 阿波根昌鴻という人を、ほぼ初めて(名前だけは知っていた)知りました。平凡な農民ですが、強固な意志で米軍の「銃剣とブルドーザー」による土地接収に反対を貫き通した人です。

 この芝居は、1950年代の沖縄で彼と瀬長亀次郎が力を合わせて闘う姿を描きました。

『ワケあって、女嫌いな御曹司の偽恋人になりました―男装女子への極甘プロポーズ―/御厨翠-

 ライトノベルらしい、軽い感じの恋愛小説です。男は大金持ちの御曹司で、頭も気立ても良く、しかも努力家ですが、学生時代に女に迫られたことがトラウマで女嫌いになっています。気まぐれで、友達誘われて女装クラブに行って、そこで女なのに男と偽って女装して働く「男」に出会い、だんだんと恋に落ちていく話です。

 親に進められる見合いを断るために、同性愛者だといい「男」に恋人と偽ってもらって同居を始めます。でも御曹司の性指向は同性愛者ではないのに、でも「男」に惹かれ好きになっていきます。「男」は女目線では御曹司に好意を持っていますが、男だと偽っているので、避けようとします。

 御曹司は勘違い、「男」は騙しながらの、23重のすれ違いが面白くて読み通してしまいました。

 セックスシーンは、「男」が女と分かってからでした。