『街場の中国論』内田樹

 内田先生の本は本当に面白い。今回の本も中国問題の専門家ではない、といいながらでも、じつに多彩に多様に多角的に中国の姿を明らかにしている。
第1章チャイナ・リスク
「だから言わんこっちゃない」というかどうか知らないが、中国や韓国の人々が反日的な行動をすると、愛国何某という横断幕を車に張った右翼は中国を誹謗する。そのような輩は日本にいるだけではなく、その裏返しのように中国にもいる。
 反日行動をとる人々は下層ではなく中流階級であることに、中国政府は危機感を抱く、という。でも伊藤千尋さんの講演では、中国のデモは日曜日で、そこに参加するのは、やることのない労働者であるといっていた。と言うことは、最下層ではない、そこそこの中国社会の中核になりうる人々ということか。
 それはさておき「チャイナ・リスク」は国内問題であると同時に、ここまで大きくなった中国経済の行方は国際問題だ。そしてリスクということは、危機である。何が危機か。それは高度経済成長では気づかない分配の不平等だ。それが明らかになると言うことだ。
 そして中国政府が最も恐れているのは国際的な信用を失うことで、過激な政府批判によって、現政権が中国国民の支持を得ていないという実態が暴露されること。それは昨年の例会学習会で聞いた日中友好協会理事長の「自信がない」ということと通じる。
第2章脱亜入欧
 変な話ですが、この本は中国のことよりも、日本のこと、あるいは東アジアとアメリカのことを言う本かなと、第2章の感想を書くためにザーッと読みかえして、そう思う。
 この章では、中国は日本より早くから侵略していたイギリスやアメリカよりも、日本を批判すると言うことと、中国、朝鮮、日本の儒教圏連合の阻止にアメリカが動いていることですね。
 だから小泉の靖国参拝は内心喜んでいると言うのはいい指摘です。今のTPPなどまさにそうだ。東アジア共同体など作らしてたまるかと言う、アメリカの強い意思に、財界もビビッているのだと思う。
第3章中華思想
 ここでは「中華思想というのはある意味で『多元主義』」と帝国主義を理屈つけた「社会ダーウィニズム」と対置する。そして中華思想ナショナリズムと一線を画す。
 そうなんです。だから私は、漢民族は「他国を侵略しない」と思っている。「化外の民」に「王化の光」を当てるのが中華思想で無理やりそこの富を奪ったりするものではない。
 でもそれは中国に圧倒的な文明の高さがあることが前提、となる。でもアジア太平洋戦争後、中国が日本に戦争賠償請求権を放棄したのは、改めて世界にそれを見せるため。満州方正に満蒙開拓団の墓を立てたのもそれだと思うが、それはやはりたいしたものだ。
第4章もしもアヘン戦争がなかったなら
 ここも日本のこと。明治維新が「尊皇攘夷」から手のひらを返して開国になった。西欧列強の武力の恐ろしさに屈服した「屈辱」でもって、朝鮮、中国、アジア諸国にも同様のことをしようとした、という。そんなことを言うからネット右翼に付け狙われる、と思う。
 でもその通り、明治の元勲は恥ずかしいヤツラだ。
第5章文化大革命
 今でも毛沢東は中国人庶民に圧倒的人気だという。40年前に一緒に撮った写真を見せると、中国人は偉い人だと尊敬してくれて、サービスがよくなるといっていた。
 それは清朝末期以後、屈辱の歴史だった中国の勝利の象徴、団結の象徴という指摘に納得。でも毛沢東が指揮した「大躍進運動」「文化大革命」はまちがい。マルクス主義をゆがめた。
第6章東西の文化交流
 「クーデタ」は政権内部の権力闘争。「反乱」は突発的にそれが生じたもので、現体制の打倒の後のビジョンはない。「革命」は政体の根本的変換でありながら、来るべき世界のビジョンがある。
 なるほど。今のアラブ社会の出来事は「反乱」で革命ではないね。
第7章中国の環境問題
第8章台湾
第9章中国の愛国教育
第10章留学生に見る愛国ナショナリズム
 魯迅の「阿Q正伝」を読んでみようと思った。これが立派な本だとは前から知っていたが、これを読んで改めて、そう思う。それと阿Qの「精神勝利法」が池野めだかの「今日はこれぐらいにしといてやる」というギャグの元になっている感じもする。