「闇の列車光の旅」の背景

 標記の映画が市民映画劇場の7月例会です。その背景を私が書きましたので、ここで紹介しておきます。中米の実態の一端が描かれています。しかも若い男女の心惹かれあう姿が、とても純粋です。きっと気に入ってもらえると思います。
 是非ご覧ください。
http://www.kobe-eisa.com/
【背景】
ホンジュラスから歩いてグアテマラを、列車でメキシコを走り抜けて、リオ・グランデ川
 中南米諸国、そこにあるのは「貧困」だけではない。人間らしい生活を求める人々がいる。自らの知恵と力、人々の連帯によって社会制度を変えていこうという、変革の息吹がある。しかし、極度の貧困は、彼らの心や社会から「希望」を奪い、人間らしさを抑圧する暴力や目の前にあれば毒人参さえにも飛びつく無軌道な欲望を醸成する。そこには葛藤と矛盾が渦巻いている。
『闇の列車、光の旅』(原題「名もなき人々」)は、その象徴的な物語だ。映画の背景を私たちはほとんど知らない。だから舞台となっている中米の国々、米国との関係等の現在について調べてみた。
いきいきと変革が進む
 二〇一一年になって、「突如」エジプトやマグレブ地域(チュニジアアルジェリア等北西アフリカの国々)に「民主化」の嵐が吹き、世界史的な変化の時代は進んでいる。そのさきがけは中南米諸国である。二〇世紀末、選挙によってベネズエラに「反米」チャベス政権が作られてから、まるでドミノ現象のようにカリブ海中南米諸国「米国の裏庭」には「自主独立」の波が広がっている。米国に政治、経済そして軍事的にも支配されてきた国々は、民主的な選挙を通じて国民生活本位の政治を選び始めた。
 はっきりとワシントンコンセンサス(米国が主導する、多国籍企業国益を売り渡す新自由主義政策で、社会政策を切り捨てて貧富の格差を広げ、国家財政破綻など経済危機も招いている)を拒絶する政策に転換したのはベネズエラ、ブラジル、アルゼンチンなど新興大国だけではなく、ボリビアパラグアイエクアドルニカラグア等、経済力も小さく貧しい国が、苦しくても自分たちの生活や人権を守るために社会体制の変革を選択している。
 二〇一〇年二月、ホンジュラスを除くカリブ海中南米諸国三十二カ国が集まり、地域共同体(ホンジュラスを含む三十三カ国)をめざすことを決議した。国連憲章に基づく公正・平等の国際秩序を作り、地域紛争をなくし、経済的な協力をめざしている。もっとも大きな特徴は米国の影響を排除していることだ。
貧富の格差が極貧を生む
 中南米諸国の最大の課題は、貧困問題である。その焦眉の課題は貧富の格差が大きいことだ。新興経済大国であるブラジルでは所得上位者一〇%の所得累積は全所得の半分になる。所得格差を測るジニ係数貧困率はほとんどすべての国で悪い。中南米諸国で唯一OECD経済協力開発機構二九ヶ国、別名「先進国クラブ」)加盟国であるメキシコは、その中でジニ係数貧困率ともに最悪となっている。ちなみに格差が小さいのは北欧諸国であり、日本はメキシコ、トルコ、米国に次ぐ四番目に所得格差が大きい。
 この問題は民主主主義と結びついている。貧困層が国民多数を占める国で、政治的自由と政治参加が進むと、貧困対策が政府の重要課題になってくる。教育、医療、公衆衛生、社会福祉など人間らしい生活を支える社会制度、財政制度の変革が課題となり、いわば必然のように政治の変革が生じている。そして政権が変ったことによってそれが実施され、二一世紀に入って極貧、貧困人口は減少している。
 それをいっそう改善するのが雇用政策である。自前の産業政策と、とりわけディーセント・ワーク(人間らしい生活を保障し働き甲斐のある仕事)を確立することが、自由で民主的な社会をつくり出す。
不法移民の現実 
 貧困から、中米諸国は米国への「合法」「不法」移民が多い。メキシコは農村から都市へ移り、さらに米国へいく。不法移民はメキシコからの鉄道を使って米国に入るのが、一般的なルートとなっている。それは犯罪組織と官憲に狙われる。そこでは誘拐、殺人、強盗、暴力、拷問、強姦が繰り返し行われている。二〇一〇年八月、米国とメキシコ国境付近で七二人の死体が発見された。
 世界で最も危険な旅であるが、明日の見えない人々にとっては「光の旅」であり彼等を運ぶのが「闇の列車」である。
 出稼ぎ労働者・移民からの「郷里送金」は莫大で、グアテマラではGDP比一〇%、ホンジュラスでは二〇%を超える。メキシコは二.五%であるがGDPの規模が大きいため。中南米全体の四割を占めるという。その国の経済を支えている。
 米国側から見れば不法移民は千百万人と言われ『ブレッド&ローズ』『フローズン・リバー』『扉をたたく人』等が、その姿を描いている。彼らはさまざまな問題を抱えながら、社会の最底辺で米国経済の下支えをしている。その中で二〇〇五年ヒスパニック系の人口がアフリカ系を越えた。
ホンジュラス共和国
 「南から北」への旅は首都テグシガルパから始まる。米国へ向う人々は「ここには未来もない」という。
 人口七四六万人、中南米諸国の中でも最も貧しい国の一つで、貧富の格差も大きい。しかしホンジュラス人は、長年の軍事独裁政権から脱却して選挙で大統領を選び、自分たちの国づくりを始めていた。エレミ前大統領は材木王という異名を持つ寡頭「一〇家」財閥出身だが、ベネズエラキューバ等と協力するALBA(米州ボリーバル同盟、米国主導の貿易機構に対抗し、域内経済の相互支援、連帯、社会開発の共同をめざす)に参加した。
 それに対し、二〇〇八年六月、財閥と米国の支持を得た軍部によるク−デターが起こり、エレミ前大統領は国外に追放された。親米政権が作られたが、新たなロボ大統領の就任式は中南米諸国や国際社会からはボイコットされた。
 現在、真実を報道するジャーナリストにとって死を覚悟しなければならない最も危険な国になっている。
グアテマラ共和国
 人口一四三六万人と中米地域ではメキシコに次ぐ大国で、産業は主として農業と繊維産業であるが経済的には中位となっている。しかし一九六〇年から九六年まで続いた内戦の影響もあり治安は悪く貧富の格差も大きく、国民の半数以上は1日2ドル以下で生活している。ここでも二〇〇七年に中道左派政権を樹立した。
 二〇〇七年に鉄道は廃止されていて、サイラ達は歩いてこの国を横断する。
メキシコ合衆国
 OECDの一員であり、中南米諸国ではブラジルとともにG二〇(主要な二〇ヶ国の首脳会議)に入る「新興大国」と見なされている。人口は一億人を越え、経済規模もGDPは一三位だ。しかし一人当たりGDPは約九五百ドル、順位六一位と大きく下がる。やはり貧富の格差は大きい。
 一九九七年以来政権が変わっても続けられている「条件付現金給付方式」(貧困層に一定の条件を付けて教育や医療を助成する)が、貧困克服の政策として注目されている。
 米国との自由貿易協定により主食トウモロコシ農業が壊滅的影響を受け、農業分野の雇用が二百万人失われた。食料自給率は九割から六割に激減し、食えなくなった多くの農民が不法移民として米国に入った。「メキシコはアメリカに一番近く、天国に一番遠い国だ」といわれる。(Q)
注)手頃な本が見当たらず、インターネットの各種論文を参考にさせていただいた。