2021年10月に読んだ本その1

『降るがいい/佐々木譲』『日中映画人インタビュー 映画がつなぐ中国と日本/劉文兵』『神戸市政と私たちの暮らし/兵庫県自治体問題研究所』『夢見山作品集 欲望パラダイス/館淳一』『顔のない裸体たち/平野啓一郎』『世界10月号』『聖母の深き淵/柴田よしき』『タフガイ/藤田宜永8冊です。9月から読み始めて10月に読み終えた本が多いのですが、振り返ってよく読んだ感じです。まず4冊の紹介です。

『降るがいい/佐々木譲

 13篇の短編集ですが、ミステリーではなく、わざとらしいオチもなく余韻が残るような終わり方の人間ドラマで、映画に仕立てれば面白くなるような話が多かったです。佐々木譲にしては珍しいタイプの小説です。

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「降るがいい」「迷い街」「不在の百合」「隠したこと」「反復」「リコレクション」「時差もなく」「ショッピングモール」「遺影」「分別上手」「褒賞と罰」「三月の雪」「終わる日々」

 「降るがいい」は哀しい。失業中の男が、就職の世話をしてくれるという約束を反古にした男に対し、腹を立てて、その男が女と飲んでいる場所へ抗議に行く話。家族の責任を背負う中年を過ぎた男の悲哀を胸いっぱいに感じた。どうしようもない無力さ。

 「分別上手」は小気味いい。いつも見下されているように感じるマンションの掃除婦。単身赴任のエリート社員のような男にごみ出しの注意をしたことから、逆に管理会社から怒られます。ある日、その男と一緒に部屋から出てきた女が忘れ物をしたので、部屋を開けてほしい、と言ってきます。

 彼女に管理会社の緊急連絡先を教えます。すると会社は男の妻に連絡を取ってしまいました。

 「終わる日々」は複雑。疎遠になっていた父が危篤という知らせを聞いて会いに来た息子の心中を描く。疎遠になった理由は母。家事、子育てもまともにできず、しかも借金を重ねる母を嫌います。しかし父は母を庇い借金の穴埋めを息子に求めますが、彼は絶縁し見捨てました。

その父が死を前に何を言うのか。

『日中映画人インタビュー 映画がつなぐ中国と日本/劉文兵』

 日中文化交流協会の事務局長、佐藤純子さんと中国映画人12人から話を聞いています。中国映画監督は、謝晋、陳凱歌、張芸謀賈樟柯等の豪華なメンバーでした。

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 彼らの言葉から、映画文化で日中の懸け橋になった大きな力は徳間書店の創業者、徳間康快だとわかります。両国の国交が回復していない時期から、彼は日本では中国映画祭を、中国では日本映画祭を大規模に開催し続けてきました。それを梃に日中の文化人たちの交流にも尽力しています。大したものだと思います。

 その動機は明確には示されませんが、日中戦争の反省ではないかと言われています。

 そしてもう一人、70年代から中国人、中国映画界に大人気で、大きな影響を与えたのは高倉健です。

 彼が主演の『君よ憤怒の河を渡れ』(佐藤純彌)1979文化大革命後の中国で公開されて大ヒットします。彼が演じた、権力によって冤罪に陥れられた正義の検事役に、当時の世相を反映してからか、中国人は魅かれます。

 そして控えめで禁欲的な彼の人間性が紹介されて、さらに高倉健の魅力は一般的な中国人だけでなく、後に映画監督になるような人々も惹き付けました。

 そんな話が満載でした。

『神戸市政と私たちの暮らし/兵庫県自治体問題研究所』

 10月にあった市長選挙に向けて作られた神戸市政白書です。でも肝心の財政分析がないのが残念です。地方自治体の主な役割である福祉、教育、医療、環境など中心で、それぞれの各関係団体に書いてもらっているので、批判だけでなく課題の提起もありますが、論文を寄せ集めた感じで、関係者が議論して焦点を明らかにするような総合的な組み立てと深みが感じられません。

 市職員など内部の人間の意見を聞いた形跡がないので、宮崎、笹山、矢田と続いた市職員出身の市長と久元市政の違いも判りません。さらに戦後の神戸市政を総括するには、宮崎2期目から始まった共産党も含む革新市政の評価が必要と思いますが、それにも触れていません。

 永く神戸市で働き、都市計画の仕事や労働組合にかかわってきたものから見れば物足りません。特に現在の久元市政が市職労など労働組合運動を潰してきたことに注意を払っていないことは残念です。

『夢見山作品集 欲望パラダイス/館淳一

 ポルノ8編の短編集。「人妻、午後の淫謀」「真夏の夜の裸女」「昼下がりの女たち」「ふっくらブラジャー愛のあと」「ぼくが女性の下着をつける理由」「淫らな遺伝子」「背徳のガーダーベルト」「見られたがり」

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 こうやってタイトルを眺めてみると、いかにもポルノ小説です。でも女性やLGBTQを侮辱したりしていないのがいいです。文体も上品だと思っています。