「心の鏡」ダニエル・キイス 早川書房

 SF小説の最高傑作(他の分野を含めてもそう思う)である「アルジャーノンに花束を」の作家です。この本は「傑作集」というタイトルがついている短編集です。この中に、その元になった同名の短編小説が入っています。それで「小説は買わない」という禁を破って、古本屋で買ってしまいました。
 残念ながら長編小説の「アル」(略)を読んでいるから、どれを読んでも、それにはかないません。
 ダニエル・キースは心の問題を扱い、しかも巧みに描き分けるテクニックの持ち主です。読んでいませんが「五番目のサリー」という多重人格者を主人公にした小説を書いています。
 「アル」は知能の遅れた主人公チャーリーが、手術によって天才になり、そして又もとの状態に戻るという話です。それを本人の日記形式でつづっていきます。彼の心の変化、彼を通じた周辺の人間たちの変化を描くことで、人間の心の奥底まで覗きます。しかも、大天才となった主人公は、自分が元の愚鈍、精神薄弱になることを受け入れなければならないのです。
 なんという残酷。しかもその恐ろしい悲劇は想像力でしか味わえないのです。確かに、周りの人の対応の変化は目に見えるし、それは描かれるのです。しかしすべてを理解しすべてを記憶できた人間が、すべてなくしていくのです。チャーリーは「読み書きだけは忘れさせないでほしい」と祈るのです。
 この話を、人間を信頼する視点で書き込めるこの人はやはりすごい作家です。