「街場の現代思想」内田樹 NTT出版

 内田さんは小説家ではありませんが、分かりやすい「哲学書」を何本も書いて「日本辺境論」というベストセラーを書いています。私は「若者よ、マルクスを読もう」を読んで、非常に熱い人だなということと、率直にものを言うのが気に入って、図書館で探してみました。この人も意外に蔵書が少ないのです。著作は大学の先生にしては多いし一般的な読者に向けた本ですから、もっとたくさんあってもいいと思います。
 と言うわけで手ごろな本として『まちばの現代思想』を読みました。分かりやすくて面白い。しかも現実世界とかみ合いながら、真実へと接近している、と手放しでほめたくなりました。
 主には内田さんのブログに書かれていた雑文と、『人生相談』風なエッセイを集めたものですが、品質がいいという感じです。抜書きでわたしが面白いと感心した部分を紹介します。
 「教養」とは「自分が何を知らないかについて知っている」「自分の無知についての知識」といいます。これはどこかで聞いたことのあるような言い方ですが、内田さんのいいのは、色々な表現で、これを言い直しているところです。「図書館利用のノウハウとは、ただ一つ『私がまだ読んだことのない本について、それがどこにあるのか、何の役に立つのかを知っている』と言うこと」「自分の知識についての知識」など。
 まず「階級」と「階層」の違い。「階級」はマルクス主義の概念で、「階級的自覚に目覚めたもの」が主体的に構築していくもの。「階層」は本人がどう思うとも「もう、すでに、そこに」あるもの。
 フランスは「階層社会」で、日本もその傾向に向かっている。「文化資本による2極化」と言う。「家庭で自然に身についた文化資本」と「学校で努力して身についた文化資本」では「ありようがまるで違う」では、そのとおり。だから「文化資本が身体化されている人」とそうでない人では社会的な差がついている。「文化資本」を得ようと努力すること自体が負けになるのが「文化資本主義社会の原理」だから「努力しないで、はじめから勝っている人が『総取り』する」ルールで「日本は確実にそうなりつつある」
 それを防ぐために「プチ文化資本家」が必要だが、これは「運動性と開放性」をもっているが「停滞性と閉鎖性を体現している」と言う矛盾の存在である。それが「文化生成の場」なのであるという結論です。
 次に結婚について「95%の妻は夫に飽きているか失望しているか憎んでいるか忘れているかのいずれかである」
 給料について「不公平などと言うものはない、あるのは『給料が安い』と言う事実だけ」
 「重要なのは『失敗しない』ことではなく『失敗から学ぶ』ことである」「知性と言うものは『自分の愚かさ』に他人に指摘されるより先に気づく能力のことであって、自分の正しさをいついかなる場合にも言い立てる能力のことではない」
 「恋愛に必要なのは『快楽を享受し、快楽を増進させる能力』であり、結婚に必要なのは『不快に耐え、不快を減じる能力』なのである」「どうして結婚することが『いいこと』かというと、子どもを生んで育てると言う『不快な経験』を骨の髄まで味わうことができるから」
 結婚が約束するのは「『他者』と共生する能力である。おそらくそれこそが根源的な意味において人間を人間たらしめている条件なのである」
 奇妙な着眼点は「人間だけがして、他の霊長類がしないことは一つしかない、それは『墓を作る』ことである」「『死んだ人間』を『生きている』ようにありありと感じた最初の生物が人間」「自分を理解してくれる人間や共感できる人間と愉しく暮らすことを求めるなら、結婚をする必要はない。結婚はそのようなことをするための制度ではない。そうではなくて、理解も共感もできなくても、なお人間は他者と共生できると言うことを教えるための制度」とまで言うのは、離婚の経験者の」ためだろう。
 「『やり直しが聞く』と言う条件の下では」「『誤った選択』をする傾向にある」「手元に『リセットボタン』を握り締めて結婚生活をしている人間は、まさに『リセット可能』であるがゆえに、その可能性を試してみたいと言う無意識の欲望を自制する事ができない」
 「目的地に辿り着くまでの道順を繰り返し想像し、その道を当たり前のように歩んでいく自分の姿をはっきりと想像できる人間は、かなり高い確率でその目的地にたどり着くことができる」
 「デジタル・コミュニケーションには致命的な難点がある。。それは『自分の知っているもの』しか「注文」できない」「CD−ROMには一覧性がない」「パラパラッと斜め読みして、面白そうなものをチェックできない」
 手塚治虫の天才は「現象の図と地を入れ替えて考える人」「鉄腕アトム」はロボットを主人公に人間性を考える。「生きることの意味はなにか」を考えるために、「不死」をテーマに『火の鳥』を書いた。
 まだまだ引用したいが、本当に長くなったので、この辺でお仕舞い。