「アメリカ産業社会の盛衰」鈴木直次 岩波新書

 社会の根幹にあるのは生産、労働の場であると思う。家族関係も重要であるが、働く環境の変化によって家族関係も大きく変わっていく。
 この本はアメリカと言う現代における一つの典型と言うか、人類社会がモデルとした、あるいは「アメリカンドリーム」と言う言葉にこめられた「希望をめざした国」の現代の問題を、産業の面から解き明かした。相当に面白い本であった。
 アメリカはオバマを大統領に選出したように、大きく変わろうとしていると思う。WASPといわれる階層が支配し社会的優位を保ってきたものが、少しずつ崩れている。そこには一般的典型的労働者の変化があるように思う。
 この本は1995年に発行されているから、そこまでは触れていない。アメリカ経済が、産業の空洞化による衰退を経て90年代に、日本がバブル崩壊後の長期的な不況と比べて、回復し活況を呈している状態を現在としている。その後、金融バブルとその崩壊を引き起こすわけだが、それへの見通しは示せていない。
 その意味ではアメリカ資本主義、現代資本主義の本質まで迫った、とまではいえないが、実体経済の根幹である物を生産する仕組みを明らかにしている。
20世紀はアメリカの世紀
 1941年2月「ライフ」誌の論文が語源といわれ、ここでヘンリー・R・ルースがアメリカのリーダーシップの必要性を力説している。その価値観は「世界の道徳秩序を変革し、自由や機会の公平、自助や協力」「公正、真実、慈善など西欧文明の偉大な原理が世界に共有されなくてはならない」と、イラク戦争と同じ論理が展開されている。
 アメリカと言う国は「ヨーロッパ人たちが先住民を駆逐しながら作り上げた人工国家」「苛烈な競争に勝ち抜き成功を収めれば巨富を築き、出自を問わず社会的に上昇できると言う『アメリカン・ドリーム』」「経済的な自由主義が、いわばむき出しの形」「自由と民主主義という理念を信奉する『強イデオロギー国家』」で、その理念が国民生活に根を下ろす程度は「(同じ革命国家)ソビエトのをも上回った」という。
大量生産 
 現代資本主義は大量生産、大量消費、大量廃棄によって作られ発展してきたといっていいと思う。その根本は大量生産できる技術力とシステムを開発したことである。資本主義はそれを最も有効に生かせる政治経済の仕組みあった。さらにアメリカは大量の資源と消費市場を持っていた。
 契機は兵器であった。戦場で熟練工の手を借りずとも修理できるものから発想が始まった。そしてヨーロッパにない市場があった。低価格の規格品が求められた。
 大量生産を実現する手段としてテイラー主義(知的労働を剥奪し肉体労働を単純化した)とフォードーシステム(テイラー主義プラス機械化)が開発された。そしてゼネラル・モータースのスローンによって経営管理と組織が作られた。それは大企業における事業部制であった。
 その真髄は互換性、分業、専門化であり、さらにそういったことによる生産性の向上「利益の増大と賃金の上昇との両立をめざした点で『大衆消費社会』への道を準備」した。
 戦後、アメリカ経済はサービス経済化へと傾斜を強める。しかし60年代までは、基幹産業が「健全」であったことから、それは豊かさの象徴であった。
メイドインジャパン
 60年代を境としてアメリカ製造業の世界的な生産と販売のシェアは大きく低下した。その要因は色々あったとしても「競争力問題の核心は生産性」にあった。
 本書では鉄鋼、自動車、半導体の各産業が分析されている。さらに国家全体として、そういった産業や資本の活動に関わっていったかも解明されている。それはアメリカと言えども「市場の自由」にまかすことなく規制と助成があった。
 また労働組合もかなり自由に戦っている。労使は「敵対的関係」であった。長期のストもあった。しかしヨーロッパや日本の労働組合と違って社会主義政党との連携はなく、資本主義を前提として、そのもとで労働者の賃金など労働条件の改善に全力をあげた。
 その原点はニューディールの時期で、全国労働関係法(ワグナー法)によって、労働者の団結権と団体交渉権を初めて公認した。
 それらによって粗悪品の代名詞であった「メイドインジャパン」から日米は逆転した。
再逆転
 それには「プラザ合意」が大きな力を発揮した。
 基幹産業の自動車が逆転した。カローラの値段が2倍に跳ね上がったのだ。日本企業は急激に海外進出した。半導体はその前に逆転していた。DRAMからその10倍の価格を持つMPUに市場は移り、そこで差がついた。
 経営法しいが変わり、労働組合も力を失った。アメリカの民主主義を支えるプレイヤーの地位を失い、景気回復の中でも雇用も賃金も増えなかった。むしろ「人件費比率の低下が収益改善に最も貢献した」それは10年遅れの日本であった。アメリカは「労働組合のない社会」といわれた。
 「第3次産業革命」といわれるが、それは日本的経営をアメリカが受け入れ、さらに世界化していった。アメリカンドリームは過去のものとなった。産業は盛り返したが社会は衰退している。
 そのことを本書は認めているが、ではその先はどうすればいいのかはいえない。「古いタイプの労働組合運動が支持を集め、労使協調の前途を危うくする」と言う認識であるから。