橋下徹大阪市長のこと

 本当は書くつもりはなかった。橋下市長に対する府民市民の支持は高いが、[朝日][毎日][神戸]の新聞の論調は批判的だ。だから私が言う必要もないと思っていた。その上で時々、橋下を支持している著名人に対する批判はしてきた。あまりにも常識がないのではないかと思うからだ。
 それでもあえて、この段階で言っておこうと思って、新聞などの記事を手がかりに考えていることを記すことにした。
 その第一は、私が橋下に感じている印象だが、まともではない、ほとんど無責任ということだ。彼はやりたいことをやって、やれなくなったら(あるいは飽きたら)いつでも政治から身を引くということだ。逆に言えば、やれるのなら首相になってもいいということだ。それで言えば、途中で知事や市長を投げ出した、あのそのまんま東や中田元横浜市長と同じ種類だ。
 第二に、その上で彼は彼の敵には人権等ないと思っている。「思想調査」のように、憲法や法律があったとしても、見咎めなければ、破ることを気にかける必要がない、この世はやりどくということだ。もっといえば人権等は必要といえる人間には必要かもしれないが、ほとんどの人間には必要がないと思っている。弁護士として守るべきことは顧問料を払っている人間であり、それ以外は操ることができる人間、自分の言うことをきちんと聞ける人間は必要だが、それ以外はどうでもいいと思っている。
 第三に、勝ち組負け組みは、そうなるのが当たり前で、全員が勝ち組ではないし、自分は勝ち組であることを前提で負け組みとなるべき「敵」を作って闘い続けるというショーを演出するのだろう。2月25日の[読売][夕]の「橋下維新を切る」での湯浅誠さんが「『ワンピース』や『ドラゴンボール』の世界」と言っているが、そのとおりだ。
 そしてそれが大人気という社会風潮でもある。
 第四に、「維新八策」などと言っているが、真剣に考えたものではなくテレビでコメントする時に、瞬間的に一番受けるものを選び出すように、これまでも反動的な人々が言ってきたことを、選び出したものだ。目新しい独創的なものはない。
 競争原理の教育制度はニューヨークで失敗したものの焼き直しであるとか、首相公選制や9条改憲ベーシックインカムなど、ほとんど新自由主義でありながら、権力を握る立場からは自由などは認めない自己中心だ。
 第五に、これが一番恐ろしいが、相手が嫌がることとか、弱みを探し出して、それを突くことに長けている。例え法律に違反しようとも法律が動き出すまでに効果的だと思えば、平気でやる。
 今回の「思想調査」でも職員を脅し挙げる効果は抜群であったし、マスコミが、それに正面から批判しない、できないことも見えていたのではないか。それはこれまでも大企業の多くの職場で思想差別裁判があったが、マスコミは裁判所の判決を載せることがあっても、新聞社やテレビが独自に調べて、その企業体質を批判することはない。
 労働者側の些細な役得等はキャンペーンを張ることはあっても、労働基準法違反等の企業犯罪、特に大企業のそれは載せない。
 そういうマスコミを見越していたように思う。