2020年11月に読み終えた本

『「世界」11月号』『科学の限界/池内了』『歪んだ波紋/塩田武士』『回転木馬のデット・ヒート/村上春樹』『夜を賭けて/梁石日』『探偵屋・純子/伊万里すみ子1~4』『落語三昧!古典落語7冊です。『夜を賭けて』が面白かったですが、『歪んだ波紋』が現代の誤報フェイクニュースをテーマとした社会派ミステリーと言うべき連作短編でした。私の評価は高いです。

『「世界」11月号』

 特集が「新政権の本質と構造」だったので、2年ぶりぐらいに買いました。78か月続いて安倍政権を国民が支持してきた理由、それを受け継ぐ菅政権の本質は何かを知りたい、とおもいました。

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 「誰が安倍政権を支えてきたのか『新自由主義右翼』の正体/橋本健二」では、アベ政治の岩盤支持層は格差拡大を容認する新自由主義者、男で比較的上位の階層、「自分は人並みより上」と。彼らは全体的には少数派だが選挙には積極的に行く。自民支持の枠内では多数派だから安倍政治はそこに引きずられている、という。そして「現在の政党システムは構造的に多数派の声を政治には反映させない」と批判。

 よくわかるけれども、どうかな、それだけかな。もう少しありそうです。

 「選別、分断、そして統制『メディアをどう立て直すか?』/青木理」は、メディアは一定の政権の総括をしているが、メディア自身が「威嚇や恫喝にさらされて」分断、萎縮、忖度によって「メディア不信を高めた」ことに触れていない、と指摘しました。その通りと思います。そしてこの論考は、それについてまとめてありました。

      評判の『人新世の「資本論」』を書いた「ジェネレーション・レフト宣言/斎藤耕平」もありました。コロナ禍の本質、グローバル資本主義に対峙する必要性を強調しています。コロナ後の課題は経済の活性化ではなく、資本主義が「正常に機能して」地球環境を壊していることを見据えて、新ビジョンの必要性を訴えています。納得です。

 片山善博の「日本を診る」は「菅政権が標榜する「改革」の真贋を見抜く」は短い文章で、本質をズバリつきます。サクラ問題、官房機密費、政党助成金に手も触れない「改革」を批判しました。

『科学の限界/池内了

 菅総理大臣の学術会議会員任命拒否問題で「学問の自由」について、学術会議が軍事研究を拒否する声明を出していることに、批判の声があります。明らかに論点のすり替えですが、この際、学術会議を批判して、政府のおぼえをめでたくしたいという御用学者の策動かな、と思います。

 軍事研究拒否に反対の論陣を張っていたと言われる、大西隆前会長も今回の政府の対応に厳しく対峙していますから、それと比べて歴然です。

 とまあ、そんなことを思いながらこの本を読みました。池内先生の基本スタンスである国民生活、民主主義、平和に役立つ科学というものの姿が「限界」という視点から解明されています。

 限界の種類を「人間が生み出す」「社会が生み出す」「科学が生み出す」「社会とせめぎ合う」と分類し、科学には限界があるのだが、それでいいということです。池内先生の好きなのは技術につながるものではない、文化としての科学であり、何か特定される目的的な「役に立つ」ものではないもの「無用の用」が好きなようです。真に科学者らしいと思います。 

『ゆがんだ波紋/塩田武士』

誤報にまつわる5つの物語「黒い依頼」「共犯者」「ゼロの影」「Ⅾの微笑」「歪んだ波紋」で、中心となる人物が少しずつずれて、主役が脇役に脇役が主役となる連作短編です。とても上手な構成ですが、しかし読みにくい面もあります。状況設定が頭に浮かぶまで読み進めて、あそうか、とわかるのですが、そこまで我慢して読まないといけないからです。これが塩田さんの文体ですかね。

『罪の声』が映f:id:denden_560316:20201216000342j:plain

画化されて、現在も上映していますから、塩田本は人気です。この本も、ゆっくり読みなおそうと考えたのですが、貸出期間の延長は出来ませんでした。

 テーマが「誤報」ですから新聞記者が中心に座り、誤報の性格、その責任と影響、ジャーナリズムへの罠などを詳細に語ります。全体として現代への警鐘だと思います。あるブログの紹介を援用して、簡単に紹介します。

「黒い依頼」誤報と虚報。調査報道の特別チームが企画をでっち上げて記事を捏造していた。「共犯者」誤報と時効。引退していた記者のもとに同期の男が自殺したという知らせが入ります。彼の周囲を調べると過去の誤報が浮かび、自殺はそれに絡んでいた。「ゼロの影」誤報と沈黙。寿退社した元記者の主婦が、身近に起きたささいな事件の隠蔽を知る。それには、新聞記者もからむ深い闇があった。「Dの微笑」誤報と娯楽。バラエティ番組は誤報、ヤラセによってつくられている。「歪んだ波紋」誤報と権力。事実を検証するサイト「ファクト・ジャーナル」を陥れる罠がしかけられる。伝統的なジャーナリズムの信用失墜を狙う一味がいた。

回転木馬のデット・ヒート/村上春樹

9編の短編小説「はじめに・回転木馬のデット・ヒート」「レーダーホーゼン」「タクシーに乗った男」「プールサイド」「今は亡き王女のために」「嘔吐1979」「雨宿り」「野球場」「ハンティング・ナイフ」

    やはり私には村上春樹の良さがわかりません。ちょっと奇妙な味を感じたりもするのですが、話がばらばらと広がっている感じでドーンとくるものがありません。この短編集は、こんな話を聞いたという展開です。簡単に紹介します。

「はじめに・回転木馬のデット・ヒート」この小説集は、現実的なマテリアルを溶解して、それを適当な形にして使用する、人から聞いた事実を書くともいう。

レーダーホーゼンレーダーホーゼンはドイツの半ズボンのことです。語り手の母が、ドイツに行って夫のレーダーホーゼンを買ったときに、突然、これまでの夫の所業を思い出して離婚してしまった。娘は、今まで母を恨んでいたが、それを聞いて納得した、という。

「タクシーに乗った男」絵「タクシーに乗った男」を買ったが、その後に、描かれた男に出会った。

「プールサイド」人生の折り返しを意識する元水泳部の男。プ-ルでターンするように、人生もターンしているのか。

「今は亡き王女のために」人を傷つけるのが天才的に上手な女。その夫と話をする。

「嘔吐1979」不倫と嘔吐。友達の恋人や奥さんと寝るのが好きな男が40日間(197964日~715)、いたずら電話を受けると、ともに吐き続けた。

「雨宿り」「金を払って女と寝る男はまっとうな男ではない」という。金を受け取ったことがある女と話をする。彼女は金額を要求して断られたことがないという。

「野球場」好きな女のアパートを覗けるアパートを借りた男。大型カメラを据えたが、心身ともに憔悴していった。二人のアパートの間には野球場があった。

「ハンティング・ナイフ」沖縄かどこか、基地のある場所のホテルで、車椅子の青年と出会う。彼は大きなハンティング・ナイフを持っていた。もう一人の客、太った白人女は真っ赤なビキニを着ていた。

『夜を賭けて/梁石日

 文庫本500頁を越える大部でしたが、面白くてどんどん読めました。

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 昭和30年代の雰囲気があります。もはや戦後ではなくなった、と言われる時代ですが、まだまだ貧乏はたくさんあります。その中でも在日の人は正業に就くのも難しかったと思います。

 実話に基づく話です。大阪城の東側に戦時中の武器製造した一大拠点、陸軍砲兵工廠があり、空爆によって徹底的に破壊されます。戦後10年たっても、そこは整理もされず、鉄などの金属が埋もれていました。それに目を付けた近所の「朝鮮部落」の人々が、夜陰に紛れてそれを盗み出して売りさばいて、生計を立てていました。その噂を聞いて全国から食い詰め者がやってきて数百人が廃墟に出入りし、新聞は彼らをアパッチ族と呼びました。

 いわば国家財産盗んでいるのだから、警察も黙っておられず、何度かの小競り合いが続いたのちに、大掛かりな捕り物で、壊滅に追い込みました。

 ここまでは、はでな悪漢小説の様相ですが、2部に移ると、国家権力の大きな力で、押しつぶされていく個人を描きます。抗う男とその男に心底惚れて寄り添う女、と1部とはかなり趣が違います。

 戦後に作られた「朝鮮半島出身者を韓国に送り返すために一時収容する」大村収容所が舞台です。その当時の韓国は李承晩の反共軍事独裁政権で、アカと見られたら、確実に殺される国でした。そこに日本共産党の活動にかかわっていたとみられる金義男が放り込まれます。その恐怖と非人間的な罠が渦ましています。

 最後は、粘り強い弁事と運動で釈放されます。そして彼はゆっくりと人生を振り返るという終わり方でした。

 前半は悲惨な生活ですが生き生きとした泥棒たちです。後半は陰湿な国家の犯罪の恐ろしさを感じました。

『探偵屋・純子/伊万里すみ子1~4』

 探偵事務所の新入社員の女を主人公にして、会社の上司と下請けの探偵との三角関係という人間関係を持ちながら、色々な依頼の調査、事件に対応していきます。これもレディースコミックです。

『落語三昧!古典落語

 各演目を文字で再現したものです。傑作ばかりですから読んでも面白いです。

明烏古今亭菊之丞」「夢金/古今亭文菊」「妾馬/柳家花緑」「応挙の幽霊/三遊亭兼好」「時そば瀧川鯉昇」「死神/三遊亭兼好」「阿武松柳亭市馬」「野晒し・柳家花緑」「芝浜/瀧川鯉昇

 「夢金」「阿武松」は初めて知りましたので、それを簡単に紹介しておきます。

「夢金」は金が欲しい欲しい、という船頭が、侍に雇われて川を上っていきますが、一緒にいるのが誘拐された金持ちの娘だと気づいて、機転を利かして助ける話です。お礼に大金をもらって大喜びしますが、その時、下から「うるせいぞ」と声がかかり、夢の話であったという落ちです。

阿武松」は相撲取りの話です。「おうのまつ」と読むことを知りました。これは長州藩のお抱え力士になった、後の横綱阿武松緑之助の出世話でした。名前は萩にある名所、阿武松原から取られています。